しまむらの株価、実は低い
潜在的な買収者の存在は?
次に株価を見ておきましょう。
現在の株価は11,020円(2022年5月27日終値)で、株価純資産倍率は1倍であり、ヤマダHDと比べても特に割安というわけではありません。
しかし、企業評価でよく参照されるEV/Ebitda倍率は約4倍にとどまります。
ちなみにヤマダHDは約7倍、ファーストリテイリングであれば約13倍ですので、いかにしまむらが低評価かお分かりいただけるでしょう。
EV/Ebitdaの簡易的な定義は
EV = 株式時価総額 + 有利子負債残高 – 余剰現預金
Ebitda = 営業利益 + 減価償却費等
となります。
そしてこの比率は、企業の株式と有利子負債を全部まとめて買い取るために必要な実質的な金額(EV)は、その企業の営業キャッシュフローの代理変数であるEbitdaの何年分か、という意味です。
筆者には、たった4年の営業キャッシュフローでしまむら全体を手に入れることができてしまうのはとてもお得に感じます。
しまむらとシナジーが期待できる事業者が今いるのであれば、躊躇せずしまむらを買収をしてみたくなると考えますが、いかがでしょう。買収資金についても銀行借入で半分程度は資金調達できるように思いますので、買収者側が用意すべき手元資金は見た目ほどかからず、投資効率の高い案件になると思います。
では潜在的な買収者はいるのでしょうか。
カジュアルウエア業界内では可能性は低いと思いますが、隣接する業界であれば、経営統合によって売上高、コストの両面でシナジーを発現できる企業はいくつかある気がします(あくまでも筆者の机上の議論ではありますが)。
ちなみに先ほどのヤマダHDは、家電量販トップの立ち位置を強化し活かすために、住宅建設、家具など隣接領域の企業をM&Aしてきました。これが先例になります。
しまむらの顧客は季節ごとに店舗に訪れて買い物をしてくれるマス層です。この顧客基盤を何よりも重宝する隣接企業は少なからずあるとみますが、いかがでしょうか。
しまむら経営陣が検討すべき資本政策とは
しまむらがM&Aの標的になるかどうかは、株主構成の検証と定款の確認も必要になります。
そこで開示データを見ると、創業家関係者等で3分の1を超える一定の議決権を維持しており、買収がすぐになされるような事態にはならないように思います。
しかし、創業家関係者等が過半の議決を持っているかは定かではないように思います。したがって、経営陣は一般株主からも選ばれ続けなればなりません。そのためには、万人が納得する資本政策を示すべきでしょう。
資本政策として検討すべきは2点あります。
その第一が配当です。
現在しまむらは配当性向25%、DOE(株主資本配当率)2%、ROE8%以上という目標を掲げ、十分な手元資金を確保しながら持続的成長を目指すとしています。
しかし、これらの計数目標は既に達成されてしまっています。
さらに、今後巡航速度での成長をめざすとしても、当期純利益の少なくとも5割程度は毎年余剰になってくるように思われます。
したがって、配当性向を現在の25%から50%程度に引き上げても支障が出るとは考えにくいと思います。しまむらが最も手掛けやすい、株主還元策ではないでしょうか。
第二は手元現金等です。
先ほどのEV/Ebitdaの明細を見てみましょう。
直近の株価と2022年2月期の財務データを当てはめますと(ここでは便宜的に余剰現預金ではなく現預金残高を使用します)次の通りになります。
EV= 株式時価総額4070億円 + 有利子負債残高ゼロ – 現預金1854億円 = 2216億円
Ebitda= 営業利益494億円 + 減価償却費等59億円 = 553億円
現預金が大きく、株式時価総額の約半分の規模であることに注目してください。
この現預金の残高こそ、EV/Ebitdaの低さの主因になっています。
この数値を見る限り、まず年々の配当性向を大幅に引き上げてもこれだけの現預金等があれば、同社の成長戦略には支障がないことがうかがえます。
さらに、この余剰現預金を自社株買いに当てても構わないと思います。
自社株買いによって株価の需給はタイトになりますし、ROEの分母を削減することでROEを引き上げる効果が期待できます。
大規模な自社株買いを行うと、創業家等の実質的な持株比率を高めて、M&Aの可能性を遠ざけてしまうマイナス面もあるかもしれません。
しかし、現預金等が不採算に使わる可能性を減らす効果も期待できますし、創業家等のコミットが高まるというプラスもあります。
全体としてみれば悪くない選択肢だと考えます。
業績が回復してきたしまむら。資本政策が変化するのか、大いに注目すべき局面です。
プロフィール
椎名則夫(しいな・のりお)
都市銀行で証券運用・融資に従事したのち、米系資産運用会社の調査部で日本企業の投資調査を行う(担当業界は中小型株全般、ヘルスケア、保険、通信、インターネットなど)。
米系証券会社のリスク管理部門(株式・クレジット等)を経て、独立系投資調査会社に所属し小売セクターを中心にアナリスト業務に携わっていた。シカゴ大学MBA、CFA日本証券アナリスト協会検定会員。マサチューセッツ州立大学MBA講師
提供元・DCSオンライン
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