世界のアパレル産業が直面する3つの力
さて、本題に入りたい。ここからは私とアナリストたちのディベートのやりとりを公開したい。
まず私は、このカンファレンスの冒頭で、世界のアパレル産業が直面している(日本ではない)3つの力について問題提起した。
ひとつは、巨大プレイヤーの成長が鈍化し、環境との共存なく生き残れなくなったこと。例えば、ESG経営に積極的な企業の株価は、そうでない企業よりも高くなっている(註:日本では、全く相関性はない)。
二番目に、デジタル化が世界規模で進み、小売業の生産性や拡張性が飛躍的に向上した一方、従来型企業ではテクノロジーのスピードについていくことが難しくなっていて優勝劣敗が大きく出てきていること。
最後に、コロナは消費者の生活様式を大きく変え、結果、ECが劇的に拡大、従来の小売業者の「勝ちパターン」を困難なものとし、また、デジタル技術を活用したD2Cと呼ばれる、新興勢力による競争が激化していることだ。シーインなどはまさにその典型だと見ている。
これに対して、アナリストたちは以下のように返答、そして追加で質問をしてきた。ここから先はディベート形式でそのやりとりを紹介したい。
シーイン自身が、税制メリットを否定する理由と真実とは
河合 確かに、シーインのビジネスモデルは廃棄ロスが全く出ない。しかし、同時に、彼らは、消費者が必要とする以上の製品を作り続けている世界中のアパレル・プレイヤーの“残飯”を活用している。シーインの突然変異は、私たちの「大量生産」に対する「警告」であろう。
アパレル企業が廃棄物を伴う生産を続けるなら、彼らのような企業は存続し続けるだろう。ファッション・ビジネスにおける「廃棄物ゼロ」の生産モデルは、デジタル技術のおかげで可能だ。例えば、日本ではオンワード樫山という会社が、スーツの受注生産をやり大きく業績を伸ばしている。私たちがより大きな売上を求め、より多くの利益を生み出そうとするかぎり、シーインのような企業は決してなくならない。
河合 忘れてはならないのは、ZARAやH&Mのように、世界企業にまで拡大したビジネスモデルは、いずれも人間の感性という曖昧で不確実性の高いものに頼っていないことだ。シーインはもともと、中国に大量にある残反やサンプルの中から売れ筋商品を探す、ビッグデータ解析を用いたデジタルマーケティング会社だった。もちろん、スタートアップの段階では、ファッションビジネスには感性が必要だと思うが、それだけではスケールアップしない。だから、テックカンパニーと呼ぶのが妥当だと思うし、テックカンパニーになれない企業は成長を阻害され死滅してゆくだろう。
河合 個別配送によるタックスメリットは、消費者に至るまでのバリューチェーン全体において考察すれば、シーインが言う以上に大きいと思う。例えば、世界の繊維製品の輸入税は、CIF(Cost, Insurance, Freight)価格の10%程度だ。小売店は、さらに、この価格を3倍にして消費者に販売する。こう考えると、シーインは競合他社に比べ、小売価格の30%程度のディスカウントでコスト優位性を確保できると言える。この影響が小さいとは私は思わないし、D2Cと呼ばれる工場直送だからできる技であるともいえる。
河合 シーインのビジネスモデルで議論されるべきは、ライブストリーム業務を現地のPR会社に委託し、マーケティング活動をその国の特性に完全に合わせていることだ。例えば、アメリカではケイティ・ペリーのようなビッグアーティストを起用し、日本では芸能人ではないが、インスタグラムのインフルエンサーを起用するなどしている。実際シーインは、デジタルネイティブ世代と言われるZ世代をターゲットにしており、その特定層への知名度や支持率は絶大な一方、ターゲット外の層からは知られてもいない。つまり、極めて合理的で効果的なマーケティングを行なっている。一例として私はビジネススクールの講師として、若い人たちに毎回、授業を始める前に、シーインを使っているかどうか手を挙げさせる。驚くことにほぼ100%がシーインで購買している反面、中高年以上はキョトンとしている。
さらに、これは、私の推測だが、彼らのビジネスモデルを構造的に分析すれば、彼らのEBITDAマージンは20%近くに達する可能性もある。一般的にグローバル大手の売上高販管費率は40%前後だが、日本のアパレルメーカーは50%以上。グローバル大手の利益率と10ポイントほど差があり、その差の要因は「大量の赤字店舗」と、「身の丈に合っていないデジタル導入」だ。一方、シーインは店舗を持たない。
このようなやり取りが、数時間も続き会場は大いに盛り上がった。本論考で全文を載せるのは控えさせていただき、ここまでにしたい。最後に、私は「シーインに文句があるなら、アジアで残反を残さずすべて資産管理し、使い切れば良い。無駄なサンプルを工場に押しつけ、製品在庫ばかりを気にしているから足下を掬われるのだ。本当に、サステイナビリティを謳うなら、自ら反物の在庫を持ち管理すればよい」と述べたことを付け加えて、今回の論考を締め括りたいと思う。
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プロフィール
河合 拓(経営コンサルタント)
ビジネスモデル改革、ブランド再生、DXなどから企業買収、政府への産業政策提言などアジアと日本で幅広く活躍。Arthur D Little, Kurt Salmon US inc, Accenture stratgy, 日本IBMのパートナーなど、世界企業のマネジメントを歴任。2020年に独立。 現在は、プライベート・エクイティファンド The Longreach groupのマネジメント・アドバイザ、IFIビジネススクールの講師を務める。大手通販 (株)スクロール(東証一部上場)の社外取締役 (2016年5月まで)
デジタルSPA、Tokyo city showroom 戦略など斬新な戦略コンセプトを産業界へ提言
筆者へのコンタクト
提供元・DCSオンライン
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