映画「オデッセイ」では火星に取り残された主人公が、火星の土と人間の排便を混ぜ、助けが来るまで「じゃがいも」を育ててで生き延びようとする様子が描かれています。
新たに行われた研究では、このアイディアがかなりイイ線をいっている可能性が示されました。
米国フロリダ大学(UF)の研究によって、月から持ち帰った土に水と養分を加えてシロイヌナズナの種をまいたところ、全てのサンプルで発芽が起こり、その後の成長が起こることが報告されています。
本物の月の土を使って植物の栽培実験が行われたのは、今回の研究がはじめてであり、「オデッセイ」の主人公が試みた、別の星での農業を行える可能性を示しています。
さらに研究では、月の土にも場所によって植物の栽培に向いた土と不向きの土がある可能性が示されています。
月の土のいったいどんな要素が、植物栽培に影響を与えていたのでしょうか?
研究内容の詳細は2022年5月12日に『Communications Biology』にて掲載されています。
目次
本物の「月の土」での植物栽培に成功!
アポロ11号の土より17号の土のほうが植物の生育に適していた
本物の「月の土」での植物栽培に成功!
人類はこれまで何度も月探査を行い、さまざまな月の土のサンプルを持ち帰ってきました。
これらの土の分析も活発に行われており、月の土は主に酸素・鉄・ケイ素など、地球でもありふれた元素によって構成されていることが判明しています。
そのため月の土で地球の植物が育てられる可能性について、古くから議論が交わされてきました。
月の土で植物を栽培することができれば、将来の月面基地における酸素供給と食料供給の問題が一気に解決に近づくと考えられてたからです。
そこで今回、フロリダ大学の研究者たちは、11年間におよぶ申請を経て、ついに本物の月の土「12g」を実験に使うことになりました。
これら月の土はアポロ11号・12号・17号が持ち帰ったものです。
実験対象として植えられることになったのは「植物界のマウス」とも言える、シロイヌナズナでした。
動物実験においてマウスやショウジョウバエ、線虫などが集中的に研究されているのと同じように、シロイヌナズナは植物の世界では最も盛んに研究対象にされているものの1つです。
実験ではまず月の土を1gずつ採取し、水と栄養を加えた後にシロイヌナズナの種が植えられ、発芽に適した温度で管理されることになりました。
また比較として月の土を模倣した人工土でも同様の実験が行われました。
すると48時間~60時間にかけて、全ての種が発芽し、双葉を形成し始める様子が観察されました。
この結果は、月の土は植物の発芽に関連するホルモンやシグナルなどを邪魔しないことを示します。
ですが時間が経過するにつれて、奇妙な違いもみられることが判明しました。
月の土が採取された場所によって、植物の生育に違いがでてきたのです。
アポロ11号の土より17号の土のほうが植物の生育に適していた
異変は植物が成長するにつれて、明らかになりました。
月の土を模倣した人工土と本物の月の土で育てられた植物を比較したところ、6日目の段階で既に、本物の月の土で育てられた植物は小さく、根も短くなっていたのです。
さらに16日目になると違いはさらに大きくなりました。
人工土で育てられた植物が順調に成長しているのに対して、本物の月の土で育てられた植物は明らかに生育が遅く、なかには葉が「酷い発育不全」を示す濃い緑色に変色してしまうものもでてきました。
研究者たちが植物で働いている遺伝子を調べたところ、最も発育不全を強く示していた個体では、1000以上もの遺伝子が通常とは異なる働きかたをしていることが判明します。
また違いのみられた遺伝子の多くは、塩分や金属、酸化ストレスなどに反応するものであることが判明します。
これらの結果は、植物たちは月の土をストレスが多い土壌、つまり生育に適していない土とみなしていることを示します。
ですがより興味深い点は、土が採取された場所によって、生育やストレス反応に固有の偏りがあることでした。
たとえばアポロ11号が着陸した周囲の土は植物とってストレスが多くの生育に不向きである一方で、アポロ17号が着陸したあたりの土では比較的ストレスが少なく生育が順調に進んでいました。
つまり月では農業をするにあたり「いい土」と「良くない土」があったのです。
しかし大気もなく風も吹かない月で、いったいどうしてこんな差がうまれてしまったのでしょうか?