ただ大きいだけの胸筋がつくりたいのではない。形良くつくりたいのだ。ここでは効率よく「密度」と「筋量」を備えた大胸筋をつくる方法を解説する。

大胸筋を効率よく筋発達させるための知識「理想的な回数は体質によって異なる」
(画像=『FITNESS LOVE』より引用)

月曜日のジムは、3台しかないフラットベンチの取り合いである。8レップのセットメニューを数セット行うために、25分も待たされることなどざらである。運良くベンチ台が空いていても、20㎏プレートが怪物のようなリフターたちにすべて使われていたりする。こんな状況ではいつまでたっても自分のための胸のワークアウトを満足に行うことはできない。バカバカしいほどの高重量を使い、胸の上でバーベルを弾ませながら何レップもベンチプレスを行う怪物たちは、次にディップスに移る。見ていると狭い可動域しか使っていないのが分かる。いったいどこに効かせようとしているのか?胸筋下部か?私たちは、ただ大きいだけの胸筋がつくりたいのではない。形良くつくりたいのだ。そのためには当然、胸筋上部も刺激しなければならない。ベンチ台やプレートが彼らに独占されてしまうことの腹いせで言うわけではないが、私たちがつくりたい胸は、怪物リフターのような胸ではないのである。

大胸筋と小胸筋から成り立つ胸筋

ベンチプレスを終えた直後は猛烈なパンプに満足しているという人でも、それが長続きしないことに不満を抱いている。なぜパンプした状態はすぐに消えてしまうのだろうか。その答えは、おそらく刺激が単調であることに原因があるのかもしれない。つまり、一方向からの刺激に限定され、異なる角度からの刺激が胸筋に与えられないため、得たパンプがすぐに消滅してしまうのだ。胸筋の構造は決して単純ではない。解剖図を見れば分かるが、筋線維は扇状に広がって流れていて、しかも大胸筋と小胸筋という異なる層に2種類の筋肉が位置しているのである。このような構造の筋肉を効率よく発達させるためには、さまざまな角度から刺激を与えることは不可欠であり、それこそが胸筋を最大限に発達させるための手段なのだ。
■大胸筋:The Pectoral Major
大胸筋はその名が示すとおり、胸筋の大部分を占める大きな筋肉だ。解剖図を見ると胸骨の広い範囲に始点を持ち、そこから外側に向けて扇を広げたように筋線維が流れているのが分かる。
■小胸筋:The Pectoral Minor
小胸筋は第3~5番目の肋骨に始点を持ち、3本の束は外側に向かってひとつにまとまり肩甲骨の烏口突起に終点している筋肉だ。大胸筋の深部に位置しているため、小胸筋が肥大しても表面上は分かりにくい。小さいうえに深部にあることから、多くのトレーニーから無視されているような存在だが、この小胸筋をしっかり強化しておくと日常的な正しい姿勢を維持しやすくなる。特に姿勢が崩れがちなデスクワーカーたちは猫背になり、肩が前方に丸まった状態で固まってしまいがちだ。このような姿勢は見た目が悪いだけでなく、スポーツを行う場合でも肩を痛めるリスクを高めることになる。それを矯正してくれるのが小胸筋なのだ。ケガの予防や姿勢の改善のためにも小胸筋の発達は決して疎かにしてはならない。胸筋を完璧に発達させるためには、正しい姿勢を維持することや、肩のケガを予防することも絶対に不可欠な要素なのである。

効率よく筋発達させるための知識

大胸筋を効率よく筋発達させるための知識「理想的な回数は体質によって異なる」
(画像=『FITNESS LOVE』より引用)

大胸筋と小胸筋から構成されている胸部の筋肉だが、おそらくこれまでのワークアウトではどの種目も同じレップ数でセットを行ってきたのではないだろうか。しかし、ここではすべてをひとつのやり方に当てはめることはしない。なぜなら、効率よく発達させるための「理想的なレップ数は筋線維のタイプによって異なる」というのが理由だ。

3つの筋線維

どこの部位であろうと、それが筋肉であるなら糸状の筋線維の束によって構成されている。束を構成する筋線維にはいくつかのタイプがあり、大別すると遅筋線維と速筋線維に分けられる。
【遅筋線維:タイプⅠ】
遅筋線維の特徴は長さが短く、低~中程度の負荷を繰り返すのに適した性質が備わっている。つまり、持久力に長けた筋線維なのだ。持久力を発揮するために、この筋線維は持久系のエネルギー経路を使って長時間にわたって動作を続ける。持久系のエネルギー経路を使うため、疲労するまでの時間も長いのだ。ただ、どれだけこの筋線維を刺激し、運動で使っても、筋肥大する性質は低い。そのため、遅筋線維が多く含まれる筋肉はなかなか肥大しない。その代わり筋密度が高いので、体脂肪が落ちてくると筋肉に芸術的な形を浮き上がらせることができる。
【速筋線維:タイプⅡb】
速筋線維のほうは、遅筋線維とは対称的な性質を備えている。瞬発的に大きな力を発揮することができるので、力比べをするときはこの筋線維が活躍する。どれだけ大きな力が出せるかは、この筋線維の割合によるのだ。速筋線維は2つに大別され、そのうちのひとつであるタイプⅡb筋線維は特に瞬発的な出力が大きい。その代わり、タイプⅡb筋線維は疲労回復に時間がかかったり、エネルギーの消耗が激しかったりする。タイプⅡbがエネルギーとして使うのは主にATPであり、無酸素経路でつくり出されるエネルギーだ。例えば1~3レップのセットを行うときはタイプⅡb筋線維が運動の主役となる。
【速筋線維:タイプⅡa】
もうひとつの速筋線維としてタイプⅡaがある。これは12~20レップが得意な持久力に優れた遅筋線維と、前述の1~3レップが得意なタイプⅡb速筋線維の中間に位置づけられる性質を持つ。タイプⅡaは、消費するエネルギーについても無酸素経路のエネルギーと有酸素経路のエネルギーの両方を使い分けることができるので、短距離走や、繰り返し行われるフットボールのドリル練習の際にも積極的に関与してくる筋線維なのだ。

速筋と遅筋は誰の胸筋にも存在する

筋肉は筋線維の束によってつくられているわけだが、特定の筋肉の筋線維は決してひとつの種類で構成されているわけではない。つまり、どんなトレーニーの胸筋であっても、そこには必ず遅筋線維と速筋線維が存在するのだ。もちろんどちらかが多かったり少なかったりという違いはある。そして、その違いによって、筋量は誰にも負けないが体脂肪を落としたときの見た目の固さが足りなかったり、密度が低いという場合(速筋線維優位)もあるし、筋量はそれほどでもないが、減量したときにギュッと詰まったような筋肉が強調され、美しさが際立つ場合(遅筋線維優位)もあるのだ。これは、どちらが優れているかという比較の話ではない。実際、誰の胸筋であっても2種類の筋線維が混ざって構成されているのだとすれば、この部位を最大限に発達させるには、遅筋線維も速筋線維も効率よく刺激するタイプのやり方でワークアウトを行う必要があるのは当然のことだ。先に述べたとおり、遅筋線維をメインに刺激するならハイレップのセットがいいし、速筋線維を主役にするなら2種類のやり方(3~5レップ、8~10レップ)で行うのがいい。確かに強烈なパンプを感じてワークアウトを終了するのが気持ちいいという人にとっては、軽い重量でハイレップのセットに重点を置きたいだろうし、逆に超高重量でトレーニングしたい人は低レップのセットをメインにしたいだろう。しかし、究極の胸筋づくりのためには、極端にどちらかを優先させるのではなく両方を行うのがベストなのだ。

ピリオダイゼーションを活用する

ピリオダイゼーションという言葉を耳にしたことがある人も多いだろう。ピリオダイゼーションにはさまざまなバリエーションがあるが、ここではブロック・ピリオダイゼーションの考え方を採用したい。ブロック・ピリオダイゼーションは一定の期間、特定のことだけを集中的に行うやり方で、異なる目的を個々のブロックに持たせて、複数のブロックを積み上げることで大きなゴールに到達できるという考え方だ。ブロック・ピリオダイゼーションの長所は、一定の期間中はひとつのことだけに集中すればいいという点にある。ひとつのブロック期間が終了したら次のブロックに移る。そうして最終的に大きな結果を手に入れることができるのである。ブロック・ピリオダイゼーションは一定の期間を日ごと、週ごと、月ごとに定めるなどして工夫ができるが、ここでは一年を4つの期間に分け、3カ月を1つのブロックに見立ててプログラムを構成していきたい。各ブロックでは、どのタイプの筋線維をターゲットにするかで種目のセットごとのレップ数が決まってくる。
【第1、第4期間:低レップ】
4つの期間のうち、最初と最後の期間は速筋線維タイプ2bをターゲットにした低レップのセットを行う。第1期間での使用重量と第4期間での使用重量を比較すると、第4期間での使用重量のほうが重くなっているはずだ。これは第1期間で確実にタイプ2b筋線維が刺激を受けて機能が高まった証拠だ。
【第2期間:中レップ】
この期間はどの種目のどのセットでも8~10レップの範囲で行おう。そうすることで速筋線維タイプ2aが主に刺激を受け、筋肉はサイズを増しながら持久力も向上させることができる。
【第3期間:ハイレップ】
この期間はどの種目のどのセットも12~15レップで行う。これにより筋肉の機能が向上し、筋持久力が伸びる。また、ハイレップのセットが続くので、筋肉には心地よいパンプが得られ、しっかり栄養と酸素が対象部に送り込まれるようになる。

異なるアングルから刺激する

胸筋は大胸筋と小胸筋から構成されていて、それぞれの筋肉は1本の筋肉というよりも1枚の筋肉である。面積が広いので隅々まで鍛えるにはさまざまな角度からの刺激が必要になる。例えばウエイトの握り方、手幅、手首の角度などを変えるだけで効き方が変わるのが分かるはずだ。これは刺激の角度が変わるからだ。このように、動作のやり方を少し変えるだけで刺激の角度を変えることができる。ひとつのやり方に固執しないようにしよう。
【ベンチプレスの場合】
ベンチ台が床面と平行なフラットベンチでウエイトを胸の上方に押し上げるようにすると、大胸筋への刺激が強調される。ベンチ台の角度を45度にしたインクラインベンチでウエイトを押し上げると、鎖骨の真下付近に強い刺激が得られる。この付近には大胸筋の深部に潜り込んでいる小胸筋の付着部があるので、角度を付けたインクラインベンチプレスは小胸筋を意識した種目として行うことができる。逆に、背もたれを45度でディクラインさせてプレスを行うと、大胸筋の下部や外側の輪郭部への刺激が強まる。
【フライの場合】
ペックデッキフライは主に大胸筋に効かせることができる種目だ。特に動作のボトムポジション(腕を広げた状態)では脇の下の位置にある付着部に、そしてトップポジション(腕を閉じた状態)では胸骨にある付着部に強い刺激が得られる。スタンディング・ケーブルフライでは、立位状態でやや前傾した姿勢になる。この姿勢で、左右のハンドルの高さを変えてみるとより強く効く箇所が変わってくるのが分かるはずだ。このように、同じ系統の種目でも姿勢や角度を少し変化させることで、強い刺激が得られる箇所は変わってくるのだ。胸筋の隅々にまで筋発達を得るためにも、選択した種目を工夫し、さまざまな角度から刺激を得るようにしよう。