私たちが住む天の川銀河の中心には、太陽の約400万倍の質量を持つ超大質量ブラックホールがあると考えられています。
しかしこれまで、それを直接見た人はいませんでした。
しかし総勢200人を超える世界中の天文学者たちの巨大プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーション」は、史上初めて天の川銀河中心ブラックホール「いて座A*」の撮影に成功しました。
これは今までブラックホールの候補天体に過ぎなかった「いて座A*」が実際に存在することを目視で確認した、天文学史上の偉大な成果です。
ただ、一部の人たちは「なんか似た画像前にも見たよ」と思っているかもしれません。
ここではその成果の意義や、ブラックホールの撮影がどのように行われるかについて解説していきます。
この研究成果は天体物理学専門誌『The Astrophysical Journal Letters』特集号に6つの主論文として2022年5月12日付けで掲載されています。
目次
私たちの銀河の中心を初めて目視で確認!
光を吸い込むはずなのに、なんで撮影できるの?
私たちの銀河の中心を初めて目視で確認!
「いて座A*(いてざえーすたー)」とは、私たちの住む天の川銀河の中心にある超大質量ブラックホール(SMBH)のことです。
質量は太陽の約400万倍あり、地球からは約2万7000光年離れています。
つまり今回撮影されたブラックホールは、人類が旧石器時代だったときにブラックホールから旅立った光を捉えていることになります。
このブラックホールは非常によく研究されていて、その質量もわかっていますが、これは周回する星の軌道から推定されたもので、実際にこのブラックホールの姿を見た人はまだいませんでした。
「いて座A*」と私たちの間には非常に多くの塵があり、これを見るための十分な解像度を持つ望遠鏡はこれまでなかったのです。
ところで、このブラックホールの名前は有名なのでよく目にしてきた人もいるでしょうが、Aとか*(スター)ってなんだよ? と思っている人も多いかもしれません。
これは初期の電波天文学では、星座の中でもっとも明るい電波源を「A」と呼んでいたことに由来します。
もともと「いて座」の中の最も明るい電波源「いて座A」として知られていた領域に、観測精度の向上によってさらに明るい部分が見つかったため、そこに「*」を追加して表記したのです。
それにしても、まず多くの人が今回の写真を見て思うのは、「前に似たような写真見たけど?」ということでしょう。
確かに、2019年4月にイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)・コラボレーションが、「楕円銀河 M87」の中心にある巨大ブラックホールを撮影に成功し、世界的に話題となりました。
上がそのとき公開された画像です。この成果は2020年に科学界のアカデミー賞と呼ばれる「基礎物理学ブレイクスルー賞」を受賞しています。
確かにこれは非常に今回の写真とよく似ています。しかしこれは「M87*」という、太陽の70億倍もの質量を持った別の銀河の非常に巨大で明るいブラックホールの撮影です。
それは「いて座A*」より1000倍も質量が大きく、地球からは5300万光年離れていました。
数字だけ見ていると、はるか遠くに存在する「M87」を撮影する方が、地球に近い「いて座A」を撮影するより大変なように思えます。
しかし実際は地球にずっと近い「いて座A*」の撮影の方がはるかに難しいのです。
その理由に1つは、遠くの銀河を観測するよりも自分の銀河の中心を見るときの方が、はるかに多くのノイズがあるためです。
天の川銀河の中には、パルサーやマグネターといった電波を邪魔する天体や、多くの塵があり、地球からの視線を遮っています。
これらの障害が地球からの電波観測を難しくしているのです。
もう1つの理由は、「いて座A*」は周囲のガスが数十分で一周するという非常に速い速度で回転していて変化が目まぐるしいということです。
そのため、データを補正することが非常に難しかったのです。
ブラックホールはその巨大な質量に対して非常にコンパクトな天体です。そのためノイズの多い環境でその姿を捉えることは非常に困難なのです。
そして何より大きな理由が、天の川銀河の中心に本当にブラックホールが存在することを目視で証明したという点です。
天文学の常識や、観測的事実から、天の川銀河の中心に巨大ブラックホールがあることは確かだと考えられていました。
しかし実際目で確認した人はこれまで誰もいなかったため、「いて座A*」はこれまでブラックホールの候補天体に過ぎなかったのです。
それが今回、初めて目で見て確認されたわけですから、これは私たち地球の天文学史においても非常に大きな成果であることは理解できるでしょう。
それが今回の撮影が、「M87*」のとき似たような画像の撮影でありながら、非常に驚かれている理由です。
次項では、今回の撮影において、多くの人が抱くであろう疑問について解説していきます。
光を吸い込むはずなのに、なんで撮影できるの?
素朴な疑問として「ブラックホールは光さえ吸い込むと言われているのに、なぜその光を捉えて撮影することが可能なのだろう?」と考える人は多いでしょう。
これは一見矛盾した話のようにも思えます。
この答えは、撮影されているのがブラックホール本体ではなく、その周辺を飛び回る光だからです。
つまりこの写真は土星の輪の部分を撮影しているようなもので、ブラックホール本体が光っているというわけではないのです。
そう説明されると、今度は「何でも吸い込むブラックホールの周りにどうして輪ができるの?」と思うかもしれません。
しかし、「なんでも吸い込んでしまう」という認識は誤解であり、基本的にブラックホールはほとんど物質を吸い込みません。
これは太陽系のほとんどの天体が太陽の周りを回るだけで、実際に太陽へ落下することはほとんどないという事実と原理は同じです。
例え太陽がブラックホールに置き換わったとしても、地球が軌道を変えて落下することはないのです。
光が脱出できなくなるのは、ブラックホールの中心に近い事象の地平面と呼ばれる領域の内側においての話です。
写真の中心が暗いのはこれが理由で、この部分をブラックホールシャドウと呼びます。
ブラックホールの外の光は、ブラックホールに直接落ちることはなく強力な重力レンズ効果によって、一部が地球方向へ曲げられます。
これが地球から見たとき光の輪のようなものを形成するのです。
ブラックホールの写真が不鮮明でぼんやりして見えるのは、こうして多く光が拡散されて届くことが原因です。
これを補正してより鮮明なブラックホールの画像を作り出すという研究もあるため、いずれはもっとはっきりしたブラックホールの姿が見られる日もくるかもしれません。
では、今回の写真は具体的にどうやって撮影されたのでしょうか?