なぜ中絶問題は民主党にとっての追い風とはならないか

ロー対ウェイド判決の撤回が民主党にとっての追い風とならないのは、今後の決定が有権者の大規模な動員を可能にする可能性が低いと筆者が考えるからである。

まず、恐らく最高裁の決定に憤慨している民主党が圧倒的な勢力を誇る州では今回の決定は直接的な影響はない。

先述したようにアリトー氏の多数意見によれば、中絶は政治性の高い問題である故に最高裁の一存で決めるものではなく、よって州ごとの管轄で規制がされることを促している。すなわち、ロー対ウェイド判決が撤回されたならば中絶を合法と見なすか、違法と見なすかは州ごとの問題として扱われることになる。

州民の多数が中絶違法を支持している州では即座に中絶が違法となるが、その決定はカリフォルニア州やニューヨーク州などには波及しない。そのため、一時期はリベラルな州民が中絶問題で盛り上がったとしても、結果的に自分に害はないため、選挙の時になれば投票する優先順位としては落ちてしまう。

中絶の違法化の当事者となる州民の票も民主党は発掘することが困難である。世論調査によると中絶の規制が強まった22州の州民のうち70%がその事実さえ知らないと答えている。

要するに、民主党が青い州、赤い州で勝利するために中絶問題はあまり有効なイシューではない。前者では生活に影響でないため意識する必要がなくなり、後者では違法化への支持が根強いことに加えて、有力な反対勢力が中絶への無関心のせいで出てきてない。

愚か者! 経済が問題だ!

では、中絶問題が有権者を動かさないなら、何が投票行動を促すのか。

それはいつの時代も経済である。現在アメリカは40年ぶりの高いインフレ率に達しており、庶民の日々の生活を圧迫している。そして、その含意は中間選挙だけではなく、2024年の大統領選まで影響する。バイデン氏は2024年も再選を狙うと示唆しているが、経済で失敗した党を代表する大統領は選挙にまず勝てない。

ちょうどインフレが猛威を振るっていた1970年代後半、ジミー・カーター大統領はレーガンに大敗した。トランプ前大統領もコロナから経済を救えなかったことが再選できなかったことに影響している。唯一、在任期間中一貫して失業率が高水準で止まっていながらも当選し続けたフランクリン・ルーズベルト大統領がいるが、時代背景からバイデン氏にとってはあまり参考にできない成功体験を持っている。

有権者があまり関心を示さない中絶問題ではなく、バイデン氏にはクリントン大統領が初当選を果たした大統領選でのスローガンだった「愚か者! 経済が問題だ」を心にとめ民主党の選挙戦略の再考を図ってもらいたい。

ロー対ウェイド判決を錦の御旗に掲げ、炎上商法とも思えるレトリックの過激化は中立的な見解を中絶問題に対して持っている有権者を離反させるだけである。

文・鎌田 慈央/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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