核使用リスクが低い論
他方、ロシアが核兵器を使用するリスクはないと判断する専門家もいます。第1に、プーチンらの核威嚇はブラフに過ぎないとして、その使用の可能性を否定するものです。
その代表的な論者が、アメリカの元ロシア大使のマイケル・マクフォール氏(スタンフォード大学)です。かれは「(プーチンの)エスカレーションの威嚇はチープトークだ」から無視すべきであり、「プーチンは、はったりで騙そうとしている」と断言しています。
第2に、プーチンは核使用に踏み切る「レッド・ライン」を明確に引いており、NTAOがその線を越えなければ、ロシアは核兵器を使用しないとの楽観的な見方があります。
戦略家のローレンス・フリードマン氏(キングス・カレッジ)は、「我々は、屈服か愚かな核戦争かの選択をプーチンに与える不必要な危機というものを自分自身に言い聞かせていると思う。かれは非常に明確なレッド・ラインを持っている。すなわち、NATOが直接介入しないことであり、これは遵守されている」と判断しています。
「核の悪夢」を防ぐ、傾聴すべき戦略
このようにロシアの核使用へのエスカレーションについては、専門家の間でハッキリと見解が分かれています。それでは、われわれはロシア・ウクライナ戦争における「核の悪夢」をどのように考えればよいのでしょうか。
国際社会に存在する「核のタブー」や「核戦争への制御不能なエスカレーション」のリスクが、核兵器の行使へのハードルを高くしているために、ロシアがそう簡単に核使用に踏み切るとは思えません。しかしながら、万が一、ロシアが戦術核をウクライナで使用したら、それがもたらすコストは甚大なものになります。ウクライナで最悪の核戦争が行われる可能性がある限り、ロシアの核兵器の威嚇を甘く見るのは慎むべきではないでしょうか。
我が国では、アメリカが高いコストとリスクを科すと公約すれば、ロシアの核使用は抑止されるという、古典的な「合理的抑止理論」に基づく主張が「専門家」から聞かれます。しかしながら、これらの条件が満たされたとしても、核武装国が、核兵器の行使から見込める利益は現状維持のコストを上回ると期待すれば、抑止は破綻しかねません。ロシアの核使用のインセンティヴを上げないこととウクライナの独立を守ることを両立させる戦略が、アメリカやNATO諸国、ウクライナに求められるのです。
その1つのアプローチとして、傾聴に値すると思われるのが、戦略理論家のエドワード・ルトワック氏の次の主張です。すなわち、「核兵器が発明されてなければ、ロシアをウクライナから排除してプーチンを失脚させる二重目標の追求は望ましい。破滅的戦争からの唯一の出口はドネツクとルガンスクの帰属を決める住民投票だ。これならウクライナは独立を保てるし、ロシアの勝利にも敗北にもならない」という中庸を求める戦略です。