水と構成元素が同じ重水は甘いようです。
4月16日に『Communication Biology』に掲載された論文によれば、中性子が1個追加された重水素からなる重水は、ヒトにとって甘く感じられることが示されました。
重水が甘いという逸話は1930年代から延々と伝えられているものの、常識的な研究者たちは「構造が等しいからには同じ味がするはずだ」と都市伝説扱いされてきました。
しかし今回の研究により、都市伝説が常識を打ち破る結果が明示され、多くの反響を呼んでいます。
しかし、構造が水と全く同じなのに、どうして重水は甘く感じられるのでしょうか?
目次
重水の味を巡る90年におよぶ戦いの歴史
重水は人間にとっては甘いがネズミは違う
重水の味を巡る90年におよぶ戦いの歴史
水はH2Oという化学式で表されるように、水は水素と酸素からできています。
重水もまた同じ構造をとりますが、水素の原子核に若干の違いがあります。
上の図の通り、普通の水素の核が陽子1個だけかなのに対して、重水素の原子核には中性子が1個多く含まれています。
そのため重水素は普通の水素の2倍の重さがあり、重水は水と比べて密度が大きく「重水の氷」は水に沈んでいきます。
ここまでが重水の基本情報です。
しかし味に関しては大きく意見が2つにわかれていました。
1つはノーベル化学賞を受賞したハロルド・ユーリーとその同僚が1935年に行った研究を鵜吞みにした常識派たちの「構成する元素が同じなら味も同じ」という意見です。
そしてもう1つは実証派…自分でなめてみた人々による「重水は甘い」とする意見です。
この2つの意見の衝突は重水素が発見された1931年から延々と続いており、決着はついていませんでした。
当時の重水は科学の粋を集めた非常に高価な物質であり、原子爆弾の製造にも使われる国家の「戦略物資」だったため、個人でコッソリなめるならともかく、味を確かめる大規模実験などできなかったのです。
しかし時は流れ、重水を誰もが入手できるようになってきました。
そこで今回、イスラエルのヘブライ大学の研究者たちは、複数の人間のボランティア、およびマウスに、実際に重水をなめてもらうことにしました。
加えて、人間の甘味を感じる受容体が重水に反応するかを確かも細胞レベルで調査。
長年の論争に終止符を打とうと試みます。
はたして本当に重水は甘かったのでしょうか?
重水は人間にとっては甘いがネズミは違う
重水は甘いのか?
結論から言えば、人間にとって「甘い」と感じられるようです。
28人の実験参加者たちに重水と普通の水をランダムになめさせた結果、28人中22人が重水の甘味を認識し、さらに感じる甘さは上の図のように重水の比率とともに上昇していったからです。
またグルコースやスクロースなど元から甘い物質に重水を加えた場合、甘さがさらに増すことが判明。
さらに苦味のある物質を重水に混ぜることで、苦さが緩和されることも示されました。
加えて人間の甘味を感じる受容体を麻痺させるラクチゾールを重水に混ぜてなめると、甘味を感じなくなることが判明しました。
この結果は、重水が人間に甘味を感じさせる仕組みは、甘味受容体の働きに依存していることを示唆しています。
そこで研究者たちは次に、人間の甘味を感じる受容体が重水に対して活性を示すかどうか実験で確かめました。
実験では人間の甘味受容体を持つ細胞に対して重水を加え、活性を測定するというものです。
その結果、重水は甘味受容体を十分刺激することが判明。重水が人間にとって甘いことが示されました。
一方、マウスを使った実験では様子が異なりました。
飢えさせたマウスに普通の水と重水、砂糖水の3つを与えた結果、砂糖水がよく消費された一方で、水と重水の消費量はかわりませんでした。
つまりマウスは重水に魅力を感じていなかったのです。
この結果は、重水が甘いと感じるかどうかには、種によって違いがあることを示します。