透明化の秘訣は不要物の分解のようです。
4月14日に『Nature』に掲載された論文によれば、水晶体の透明化において、ミトコンドリアや小胞体を分解する酵素が重要な役割を果たしていることが示されました。
脊椎動物の水晶体では核やミトコンドリアなどの細胞小器官が分解されることが100年以上前から知られていましたが、その仕組みと役割は謎なままでした。
ですが今回の研究により、細胞小器官の分解が透明化に必須であることが示されます。
しかし、いったいどんな仕組みで、細胞たちは自らの内部構造を分解していたのでしょうか?
目次
水晶体では大事なものがなくなっている
細胞は透明化するためにミトコンドリアを溶かしていた
水晶体では大事なものがなくなっている
眼においてレンズとなる水晶体は、光を通すために透明でなければなりません。
この透明さは、水晶体の細胞が「クリスタリン」と呼ばれる透明なタンパク質で満たさることにより実現します。
しかし、このような単一のタンパク質で細胞を満たすと、細胞の生命活動が停止してしまい、2度とクリスタリンは作られなくなります。
そのため子どものころに作られたクリスタリンの多くは、生涯を通して使われ続けることになるのです。
一方で、およそ100年前から、水晶体の細胞では「核やミトコンドリアなどが分解される」ことが知られていました。
しかしこれまでの研究で解明されたのは核のDNA分解の仕組みのみであり、ミトコンドリアや小胞体といった、その他の細胞小器官の分解の仕組みと透明化への関与は不明でした。
そこで今回、東京大学の研究者たちはゼブラフィッシュの水晶体で活発に働いている遺伝子など約60種類を特定するとともに、それらを順番に破壊していきました。
60種類の遺伝子の中に分解に重要な役割を担っているものがあるならば、破壊によってミトコンドリアなどの細胞小器官を存続させることが可能になるはずと考えたからです。
細胞たちはいったいどんな遺伝子を使って、自分の内部にある小器官を処分するという、自傷行為のような変化を引き起こしていたのでしょうか?
細胞は透明化するためにミトコンドリアを溶かしていた
ミトコンドリアや小胞体などの細胞小器官の処分にどんな遺伝子が働いていたのか?
実験を行った結果、ある種の脂質分解酵素(PLAAT)の遺伝子を破壊すると、ミトコンドリアなどの分解が起こらず、水晶体が白濁することが判明しました。
ミトコンドリアや小胞体の構造のほとんどは、細胞膜と似た膜状に折りたたまれた脂質の2重膜によって構成されており、脂質分解酵素によって分解することが可能です。
この結果は、水晶体を透明化させるのにミトコンドリアなどの細胞小器官が邪魔な存在であることを示すとともに、分解が細胞内の自食作用(オートファジー)ではなく酵素によって行われていることを示します。
さらに追加の実験により、脂質分解酵素が正常に働くには、分解直前に特殊なタンパク質(HSF4)によってあらかじめ膜に傷をつけていくことが重要であることも判明しました。
また同様の実験をマウスで行ったところ、マウスの水晶体でも脂質分解酵素(PLAAT)がミトコンドリアや小胞体の分解と透明化に必須であることがわかりました。
上の図が示すように、脂質分解酵素(PLAAT3)が欠如したマウスでは、水晶体が白濁して白内障のような状態になってしまいます。
この結果は水晶体の透明化には、脂質分解酵素によるミトコンドリアや小胞体などの細胞小器官の分解が、魚から哺乳類まで広範な脊椎動物において、必須であることを示します。