アナリストから経営参謀へ
差異分析は「過去」の結果分析でした。参謀の能力で、より重要なのは「将来」の意思決定です。2級の工業簿記では、意思決定の手法も学習します。その代表的なものが「損益分岐点分析」です。
「この製品は社内で作るか。それとも外発注するか」
こういったときに、損益分岐点分析が役立ちます。
「製造量がXX個を超えるのであれば、社内で作ろう」
と、条件を考慮した意思決定ができるようになります。
過去の分析。将来の意思決定。これらができる人物は、経営の「参謀」に他なりません。簿記2級を取得することは、経営参謀へのスタートラインに立つことなのです。
工場の参謀
筆者が企業に勤めていた頃の上司は、「工場の参謀」と呼ばれる人物でした。
高校を卒業後入社。配属先の工場で工業簿記を習得。本社スタッフ部門に異動してからは、工業簿記を活用した鋭い分析と、わかりやすい説明が評判になり、経営層から様々な相談が持ち込まれることに。
「このビジネス誌の記事を解説してほしい」
「X社で導入している手法は、なぜウチで使えないのか」
などなど。的確に答える様子は、まさに「参謀」です。
ある日、月次の経営会議で、1人の役員が発言しました。
「最近、社内でアルバイト社員を、見かけることが増えた。そのせいか、前月に比べ人件費が大幅に増加している。アルバイトを減らし、できることは社内で行うべきではないか」
製造現場の課長たちは凍りつきました。すでに多くの作業をアルバイトに移管済み。それらが社員の手元に戻ってきたら、生産計画が大幅に狂ってしまう…。
そこで、反論したのは私の上司です。
「アルバイトの増員は、売上増に貢献している」
と。続く説明は「分析」と「意思決定」そのものでした。

アルバイトの増員は、社員が行っていた”補助業務”を行ってもらうためのもの。社員の売上は、時給換算で5,000円程度。対して、アルバイトの時給は1,000円弱。つまり、アルバイトへの作業移管により、1時間あたり4,000円程度の収益増となっている、と「分析」(※2)。
“補助業務”を社員が行うと、大きな機会損失(※3)が発生する。よって、“補助業務”は現状通り、アルバイトに行ってもらうべき、という「意思決定」。
幸い、役員には納得いただけました。上司の行った、人件費増の要因「分析」、その結果に基づく「意思決定」提案が奏功したわけです。
もし、この役員の意見を通し、アルバイトを削減していたらどうなっていたか。社員の時間が補助業務にとられ、引き合いのあった仕事を断らなければならず、収益減を招いていたかもしれません。
思いつきで、発言したり、指示したりする経営者は少なくありません。こういった経営者に助言を与え、軌道修正を促す「参謀」。企業にとって貴重な存在なのです。