先日アメリカIT大手のアマゾンが、アメリカ国内で働く従業員の基本給上限を16万ドルから35万ドル、日本円でおよそ4515万円(執筆時点)へと、2倍以上引き上げる予定を発表した。

背景にあるのは、今アメリカで起きている「The Great Resignation(大退職時代)」と呼ばれる事態だ。その名のとおり、今大量の労働者が一気に仕事を退職しているのだ。

アメリカでみずから仕事を辞める人の数は、今年の2月で月440万人にのぼった。新型コロナが拡大する前の2019年と比べ、1~2割も増えている。また400万人を超えるのは9ヵ月連続と、その傾向は衰えることがない。

退職を希望する従業員が増えたことによって、人材市場の競争力が高まっている。アマゾンも今回の大幅な賃金引き上げについて、人材確保の必要性からだと説明した。

なぜ今アメリカで、毎月400万人もの人が退職の道を選んでいるのか? その背景を紐解くと、日本にとっても「対岸の火事」ではないことが分かる。

アメリカと日本で人事を経験し、現在人材関連サービスを提供する経営者の立場から、この問題を考えてみたい。

なぜ米アマゾンは基本給を4515万円に引き上げたのか?:コロナ禍で発生した「大退職時代」(岩井 エリカ)
(画像=LeoPatrizi/iStock、『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

なぜアメリカでは月400万人も退職しているのか?

そもそも、なぜアメリカで「大退職時代」が起きているのだろうか?

いちばん大きい影響は、やはり新型コロナだ。

アメリカでは日本よりもさらに厳しいロックダウンのさなか、リモートワークが激増した。家の中で働くことで、仕事とプライベートの切り替えが難しくなった。これによりQOLが下がり、燃え尽き症候群に陥る人が増え、会社で働く満足度は結果的に下がってしまったのだ。

新型コロナの影響でインフレが起き、据え置きの給与に対して物価が上がったことも、不満を後押ししている。

GAFAの従業員への調査では給与に対する満足度が低くなり、アメリカで2021年に仕事を辞めた理由で「給与が安い」「キャリアアップの機会がない」というのが上位に入ってきている(参考・The top 10 reasons employees say they are quitting their jobs, in order FORTUNE  2022/03/09)。

コロナ禍での仕事にストレスを感じる人がいる一方で、リモートワークにメリットを感じ、そうした働き方を望む人も増えた。

またアマゾンをはじめとした企業は、給与の額面を抑えるかわりに従業員に株を一定数付与する仕組みを採用してきた。今までは給与が安くても、会社の株さえ上がっていれば給与への不満を感じづらかったが、新型コロナやインフレは株価にも影響し「思ったほど株が上がらなかった」と感じている従業員も少なくないだろう。

アメリカで転職は比較的ポジティブに捉えられており、日本よりも心理的なハードルが低い。また不満を我慢するのではなく「If you don’t like it do something about it. (嫌なことがあるなら自分で行動してどうにかするべき)」と考えるお国柄がある。

こういった様々な要因から「今のままの給与ならば、他の会社に転職してみよう」と考える従業員が増えているのだ。

「大退職」の波は片田舎のレストランにまで

当初、私は「大退職時代」が起きているのはアメリカの中でもホワイトカラーのエリートの一部だと思っていた。

だが、オハイオ州というアメリカの比較的田舎に住む友人によれば、田舎のレストランでも同じような従業員の離職と、それに伴う賃上げが起きているという。レストラン従業員のような、時給で働く労働者の平均時給は過去12ヵ月間で約5%上昇しているという事実もある。(参考・The top 10 reasons employees say they are quitting their jobs, in order FORTUNE 2022/03/09)

レストランや工場、医療といった現場に従事する従業員はコロナの影響で仕事のスケジュールが読めず、ライフワークバランスの維持が難しくなった。新型コロナの感染リスクもあるなか、賃金が釣り合わないと感じ、仕事を見直す人が増えたのではないか。

理由はともあれ、ロックダウンによって多くの人々は自宅にこもることとなり、自身の働き方と向き合う時間が半強制的に作られることになった。

コロナ禍とリモートワークの普及といった働き方の転換は、人生における仕事の位置づけ、役割や満足度について人々に改めて考えさせるきっかけとなったのだ。