ウクライナ危機がパリ協定に与える影響
そこに今回のウクライナ危機が勃発した。これは明らかに大規模な戦争状態であり、今世界は新たな冷戦の入り口にいるのではないかとの危惧すら持ち上がってきている。世界が東西2陣営に分断され、独自の経済圏を打ち立て対立した冷戦のような状況が再来するかどうかは予断を許さないが、世界の連帯と強調にひびが入ったことは確かだろう。それがパリ協定にどのような影響をもたらす可能性があるかについて、いくつかの視点を提供してみたい。
まず事実として、ロシアは世界第4位の温室効果ガス排出国である。図に示すようにロシアのエネルギー起源CO2の排出シェアは約5%となっており、パリ協定の重要な締約国の一つでもある。それがパリ協定を主導してきた欧州や米国と厳しく対立する構図は、パリ協定が前提とする連帯と協調に深刻なひびをもたらすことは、先に挙げたケリー大統領特使の発言を待つまでもない問題である。

加えてロシアは、化石燃料の中で温室効果ガス排出が少なく、比較的クリーンとされてきた天然ガス生産の世界シェア16.6%を占める世界第二の生産国であり、輸出市場でのシェアで見ると約40%を占める世界最大の輸出国である。
この輸出が厳しい制裁によって滞れば、北米、中東等での天然ガス増産によって代替されていくにしても、インフラ整備には時間がかかり、当面代替する化石燃料は、よりCO2排出が大きいものの既存インフラの整った石油と石炭の増産に頼らざるを得ない(再生可能エネルギーで代替すればよいと主張する向きもあるが、世界のエネルギー供給の約8割は依然として化石燃料とそれを前提としたインフラによって支えられている現実を考えると、短期的な解決策にはなりえない)。
より深刻な世界の分断
さらに潜在的に深刻な問題は、より構造的な世界の分断リスクである。日本での報道を見ていると、世界は反ロシアで団結しており、ロシアだけが孤立しているかのように思われがちだが、3月3日の国連総会特別会合におけるロシア非難決議では、日米欧を含む141か国が賛成票を投じたものの、ロシア、ベラルーシなど5か国が反対に回り、さらに中国、インドなど35か国が棄権している。
さらに戦闘が激化して深刻度が増した3月25日に行われた、同じ国連総会でのウクライナの人道状況改善を求める決議でも、賛成140か国、反対5か国、棄権38か国となっている。ちなみに2015年12月のCOP21におけるパリ協定の採択決議では、国連参加国ほぼ全ての195か国が賛成している。
140か国余り、国連加盟国の7割強がロシアを非難しているということは事実だが、棄権に回った35か国中、人口の多い中国、インド、パキスタン、バングラデシュなど上位12か国の人口を足し合わせただけで、世界の人口76.7億人の過半に達してしまう。いわば世界の人々の半分以上は、必ずしもロシアを非難する側に与していないということになる。
背景はさまざまなので、これがかつての冷戦時代のような世界の分断に繋がるわけではないだろうが、こうした国々の中には天然ガスや石油といった資源の供給でロシアに依存している国もあり、対ロシア制裁で世界が一枚岩でないことは明らかだろう。
これが、世界が一丸となってお互いに他国の貢献を信頼し、石油、石炭、天然ガスといった化石エネルギーの使用を抑え、脱炭素化を目指すという、まさに始動したばかりの「パリ協定」の行く末に、大きな不安を投げかけることになるかもしれないという懸念は、持っておいた方が良いように思われる。
文・手塚 宏之/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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