2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、様々な面で世界を一変させる衝撃をもたらしているが、その中の一つに、気候変動対策の世界的な取り組みを規定するパリ協定への悪影響への懸念がある。

ウクライナ侵攻後の「パリ協定」の行方
(画像=dinn/iStock、『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

人類が抱える長期の課題である気候変動問題が、目の前で多くの人が亡くなっている戦争行為と、大量の難民発生といった悲惨な光景の前でいささか霞んでしまうことはやむを得ないことだとしても、気候変動問題を人類最大の危機的課題と考える人たちにとっては、必ずしもそう思えないようである。

米国バイデン政権で気候変動に関する大統領特使を務めるジョン・ケリー氏は、ロシアのウクライナ侵略が始まった後、「戦争でCO2が沢山出る。戦争で温暖化対策がおろそかになることが心配だ。自分はプーチンが気候変動対策の取り組みに協力し続けてくれると期待している」と発言して、米国内では保守派議員等から冷笑されているという。

ただこの発言には大きな示唆がある。

気候変動問題の本質

気候変動問題は、人類の活動により排出され続けている温室効果ガスの累積により、大気中濃度が高まっていくことで長期の温暖化をもたらすという問題であり、大気という地球の共通空間において、温室浄化ガスの発生が、どの地域や国に由来するかにかかわらず、地球の気候に影響をもたらす。

よく言われてきたように、日本で巨額のコストや労力をかけてCO2排出を100万トン削減できたとしても、お隣の中国や、遠く地球の反対側のブラジルで100万トン排出が増えれば、気候への影響は相殺されてしまう。

これが、一般的な公害問題と気候変動問題の大きな違いなのである。限定的な地域における汚染物質を抑えることで対処して地域環境が目に見えて改善できる、一般的な環境汚染問題と、地域性のないグローバルな気候変動問題は、本質的に違う性質の環境問題なのである。

京都議定書とパリ協定

90年代に合意され、2020年までの世界の気候変動対策の枠組みであった京都議定書が、先進国にのみ温室効果ガス削減義務がかけられ、途上国は不問とされていた中、中国をはじめとした途上国のその後の急速な経済発展で、結果的に大幅な排出増をもたらし、世界全体の排出量は増加を続けた。

その限界を露呈した反省から、2015年に合意された「パリ協定」では、先進国・途上国を問わず、加盟国のすべてが排出削減目標を掲げ、相互に検証、協力しながら世界全体の排出削減を進めるという「集団的解決(Collective Solution)」を担保したのである。

2020年から実施期間に入ったパリ協定では、190か国余りの締約国、つまり世界のほとんどすべての国・地域が、強度や時間の差はあれ、同じ温室効果ガス排出削減にむけて目標を掲げて努力するということでスタートを切っている。

そこでは、自国が努力しコストをかけて削減活動を行うと同時に、他国も(強度の差こそあれ)同様にコストや手間をかけて相応の削減活動を行うことで、せっかくの自国の削減を無駄にしない(つまりタダ乗りされない)という、暗黙の信頼関係がその有効性の前提となっている。

そうした信頼がなければ、自国民が例えば高い脱炭素エネルギーや低炭素商品を購入して、高いカーボンプライスを負担しながらCO2削減に貢献しても、その削減効果は世界全体に広く薄く共有されてしまい、気温上昇の抑制効果という直接的な便益を感じることはできない。他国の人たちも同様の貢献をしてくれないと困るのである。

つまりパリ協定は、世界が連帯し、人類が一丸となって気候変動対策という同じ方向に進んでいくということを暗黙の前提とした「集団的解決(Collective Solution)」の枠組みなのであり、冷戦が終わり、そうしたことが期待できるようになった20世紀の終わり以降の、大きな戦争のない平和な世界の産物だったのである。