目次
内政か? 侵略か?
ウイルスの挙動を数学的にモデル化
ウイルスたちの繁栄戦略
point
・感染後のウイルスは、細胞内に留まり複製を続けるか、新たな感染先を探すかの2つの戦略を持つ
・新たな研究は、2つのC型肝炎ウイルスを使った感染実験を実施し、数学的に解析
・結果ウイルスには「インドア派」と「アウトドア派」のような個性があることが判明した
ウイルスは遺伝情報を運んでいるだけで、自らは増える能力を持っていません。
そのため生き物の細胞が持つ、遺伝子を複製する機能を奪って増殖していきます。
ここで、ある細胞に感染したウイルスには2つの選択肢が生まれます。それは「このまま感染者の体内に留まってせっせと複製を作り続けるのか」、あるいは「外へと旅立って新たな感染先を探すのか」です。
ウイルスは非常に小さく、思考する力を持つわけではありませんが、彼らにも繁栄するための戦略があるはずです。
ウイルスたちの戦略を理解することは、効果的な治療薬開発のために重要です。
新たな研究は、そんなウイルスたちの振る舞いを生物学と数学を組み合わせて評価しています。
その結果によると、どうもウイルスには「外に出たがるタイプ」と「うちにこもりたがるタイプ」という個性があるようです。
内政か? 侵略か?
ウイルスが細胞に感染し、自らの複製を作る方法を手にしたとき、彼らはコピーの遺伝子構造に2つのオプションを選択できます。
それは、さらに細胞内に留まり続けてより多くのコピーを作成するため働かせるか、パッケージ化して放出し新たな細胞へ感染を広めるかです。
これは戦略シミュレーションゲームにおいてプレイヤーが「内政向けのユニットを作って地盤を固めるか」、それとも「開拓ユニットを作って積極的に領土を広げるか」を選択するのに似ているかもしれません。
こうした選択をするとき、ゲームならプレイヤーは使える資源、時間などのコストからどちらに重み付けをするかという戦略を立てるはずです。
こうした戦略は個々のウイルスでも機能しているはずですが、これまでの科学ではそんなウイルスの繁栄戦略の存在を示すことは困難でした。
ウイルスの挙動を数学的にモデル化
研究グループはウイルス繁栄戦略を明らかにするため、2つのC型肝炎ウイルス(HCV)株を使って感染実験を行いました。
1つは患者から採取された臨床分離株。1つは実験室で遺伝子組み換えされた実験室株です。
実験室株は、抗ウイルス剤やワクチンの開発などで大量のウイルスが必要となったときに使用されるもので、細胞内で増殖したウイルスの放出プロセスが臨床分離株とは異なっていました。
そこで、この2つのウイルス株を複製と放出の比較に利用したのです。
研究者たちは感染細胞を培養して、得られた実験データをもとにウイルス生活環の数学的モデルを作りました。
ウイルス生活環とは細胞に感染して、複製を作り、そこから感染性ウイルスを放出するまでの一巡を指します。
結果、臨床分離株は細胞に留まってRNAの複製をより強固に増やすことに専念し、実験室株は細胞内での複製はそこそこに行い、積極的に複製したウイルスを放出する道を選んでいることがわかりました。
これにより実験室株は、臨床分離株より1.82倍も速く感染が広がり、感染細胞を使って2.7倍も速くウイルスを生成していたのです。
これはウイルスによって、うちに籠りがちな「インドア派」と、積極的に外へ出ていこうとする「アウトドア派」のような個性があるものだ、と研究のプレスリリースでは表現されています。
先のゲームの例えでいうなら、プレイヤーの性格によって内政重視と開拓重視に遊び方が分かれるようなもので、ウイルスにもそうした個性があるということでしょう。
ウイルスたちは個々にこうした異なる戦略を使い分けて生存していたのです。
これを数学モデルで見た場合、インドア派のウイルスは「増えやすさ」を示す指標の値が、アウトドア派のウイルスは「伝播しやすさ」を示す指標の値が、それぞれ最大に近づくように振る舞っていたのです。