鬼は「旧街道」がお好き? 浮かび上がった47カ所
――そんな4条件からTellusが導いたのが、こちらの47カ所です。

市川:夜間の明るさが大歩危小歩危レベルの地域ってほとんどないかと思ったら、けっこうあるのに驚きました。そこは妖怪研究者としてまず発見でしたね。
その上で、全国にまんべんなくあるのが意外な印象です。鬼の伝承は関西に多い傾向が見られますが、東日本にも点在しているのは興味深いですね。
――いま鬼にとってアツいのは西より東……!?
市川:まず関西を見ていきますが、和歌山県の市街地側にポイントが多いのはすごく面白いです。瀬戸内海と紀伊山地に挟まれているのですが、海も人が立ち入れない、ある種の異界。地図で見ただけですが、鬼がいそうな気配、めちゃくちゃあります。


――調べてみたところ、紀伊半島の「紀州の妖(あやか)し」は南紀白浜など南側にいがちなんですが、Tellusが見つけた和歌山市街地エリアはこれといった妖怪の伝承地がないみたいなんですよね。
市川:そう、このあたりは未開拓で、個人的にすごく調べてみたい地域でもあります。何も無いかというと熊野古道(※)の紀伊路が走っているエリアで、昔から人々が行き交う場所というのは物語が生まれやすい。そこに大歩危と同じくらい暗闇があると考えると、鬼も発生しやすいかもしれません。
(※)熊野古道……古来、和歌山県にある熊野三山(熊野速玉大社、熊野那智大社、熊野本宮大社)を目指して巡礼者が歩いた道のこと。

市川:あとは長野や岐阜の中部地方にも注目です。飛騨や高山あたりはもともと妖怪伝承も豊富で、いくつもの街道が行き交い、昔から人々の情報が集まってくる場所だったんです。そこにポイントが点在しているのは、興味深いですよね。


市川:全体としては、結果的に「旧街道」に近いエリアが選ばれている印象を受けました。大歩危小歩危くらいの明るさの場所は、地理的にあまり開発に適していない地域と見ることもできるのかもしれません。昔から人が行き交う道があるため集落はあるけど、近代以降の大規模な開発には向いていなかったため、そのまま手つかずになっている。旧街道沿いにはそうして昔の暮らしが息づく場所が多く、妖怪の伝承が残っていたりしますね。
逆説的に見ていくと、大歩危小歩危くらいの明るさを探すことで「大きく開発されてはいないけれど、昔から人が住んでいるエリア」があぶり出される結果になっているなと。妖怪を探しているのに、地域共通の特徴が見つかるのが興味深いと思いました。
さらに暗いエリアは7カ所
――今回は47カ所のなかでも、大歩危小歩危よりもさらに暗い(※0.58W/cm2/sr以下)エリアのみ抽出してみたところ、以下の7カ所が見つかりました。

・兵庫県三木市口吉川町蓮花寺
・和歌山県海南市野尻
・岐阜県飛騨市神岡町大笠
・神奈川県秦野市堀山下
・福島県西白河郡泉崎村大字関和久
・福島県いわき市四倉町
・山形県上山市藤吾
――より暗いと鬼の住み心地もいいのでは、とにらんだのですが、いかがでしょうか。
市川:福島県の新白河あたりにポイントがあるのは興味深いです。

市川:北にある矢吹には「鬼穴古墳(おにあなこふん)」という横穴式の古墳がありまして。どの時点でこの名前が付けられたのかはわかりませんが、人里からの距離感も含めて、「鬼」という名前があるのは想像が膨らみます。
あとはこのポイントの一帯も、旧街道沿いで交通の要所だったみたいなんです。川は事故の危険性から妖怪の伝承が残りやすい、という意味で阿武隈川もありますし、妖怪が発生する条件はたくさんあって興味深いですね……。

――新たな鬼の名所、妖怪スポットになる潜在能力が高いと。
市川:新幹線で新白河駅を通過するたび、ここは何があるんだろうと気になってはいたんです。こうやって衛星データの条件で見たことによって、全然気づかなかった観点が見えてくるのは驚きでした(笑)。
あと、市川:和歌山の市街地近くに暗いポイントがあるのはやっぱり面白いですよね。

市川:先ほど言ったように熊野古道が近いエリア。直接通ってはいませんが、紀伊路の「奈久智王子」から直線4.5キロ弱の距離にあります。今は文字として特に残っていないけれど、鬼みたいな伝承がかつてあってもおかしくないような気がします。

市川:さらに海という異界も近くて、背後に山もある。ここから内陸へ進んでしまうと紀州山地の奥に行き過ぎてしまうけれど、その入口あたりに位置づけられている。裏手の山を住処にしている鬼がここに現れる……みたいな匂いがとても強いエリアです。空から見たときの出てきそう感がすごい。
――そんな地図の読み取り方があるとは……。
市川:この地域に住む人は喜ばないかもしれませんが「鬼がいてもおかしくない」エリアですね。私は普段、地域の住民と妖怪がいそうな場所を探す「妖怪採集」というワークショップをやっているのですが、ここもいろいろ見えてくるんじゃないでしょうか。
――あ、でもこの海南市は2018、2019年に妖怪で地域活性化を狙った「妖怪まつり」なるイベントを開催したみたいですよ。
市川:なんと! 知りませんでした! 図らずも妖怪のいそうな地域であったみたいですね。今度行ってみようかな……。