心理トリックを使った犯罪率減少に成功しました。
米国シカゴ大学(University of Chicago)で行われた研究によれば、警察官の個人情報を記したカードを配るだけで、その区域の犯罪率が5~7%も減少した、とのこと。
人間には「他人の情報を覗くと、他人もまた自分の情報を知っている」と勘違いする奇妙な心理が存在します。
そこで警察官の個人情報を書いたカードを近隣住民に覗かせたところ、住民たちは警察官もまた自分たちを「知っている」と思うようになり、犯罪率減少につながったそうです。
しかし「他人を知る」という基本的な行いがどうして、私たちの認知を歪める原因になってしまうのでしょうか?
研究内容の詳細は2022年3月2日に『Nature』にて掲載されました。
目次
他人の情報を知ると自分も知られたと感じてしまう
警察官の個人情報を近隣住民に知らせると犯罪率が低下した
匿名性は悪影響を及ぼす可能性がある
好きな人には自分を知ってもらうことからはじめたほうが科学的
他人の情報を知ると自分も知られたと感じてしまう
好きなアイドルや芸人など、有名人の個人情報をいろいろ知るほど、相手も自分のこともよく知っているような錯覚を覚えたことはないでしょうか?
この現象が極端化すると、有名人の自宅に旧知の友人のような気軽さで押しかてしまう「ストーカー」行動に発展してしまいます。
こうした事例は、人間の本能が「情報の対象性を錯覚する」ことが原因の1つになっています。
「対象性」の「錯覚」と言うと難しそうな響きがありますが、要は他人を知ると他人も自分を知っている(情報に対象性がある)と思い込んでしまう心理のことを指します。
冷静に考えればあり得ないことですが、本能に刻み込まれているため無意識レベルでそう思ってしまうのです。
そこで今回、シカゴ大学の研究者たちはこの「情報対象性の錯覚」を有益な方法で活用できないか調査を行いました。
研究ではまず複数の被験者たちに対してネットを介した文章で「他人の個人情報」を知ってもらいました。
(※この他人は実際には存在しない架空の人物です)
そして他人を知るという行いが、被験者の行動にどのような影響を与えるかを9種類の異なる実験で検証しました。
結果、被験者たちは情報を知った他人に対して馴れ馴れしく振る舞うようになり、同時に嘘の発覚を恐れて正直に接するようになり、バレずに不正が可能な場面でも不正行為を行わなくなりました。
そして最終的に、この「他人」が自分についてかなりの情報を持っていると考えるようになることが判明します。
この結果は「情報対象性の錯覚」がネットを介した文章交換という非常に簡素な条件でも出現することを示します。
しかしここで終わっては既存の説の確認でしかありません。
そこで研究者たちは自らの研究成果が実社会でも通用するかをニューヨーク市警の協力を受けて調べることにしました。
警察官の個人情報を近隣住民に知らせると犯罪率が低下した
「他人を知ると自分も知られたように感じる現象」を実社会でどのように活用するのか?
研究者たちが目をつけたのは現実世界の犯罪率でした。
ネットを介した実験では、被験者たちは他人の情報を知ると自分も知られたと感じて「正直」になり「嘘発覚を恐れ」て「不正行為を控える」ようになりました。
研究者たちはこれらの変化を、犯罪抑止に使えると考えたのです。
そこで現実世界のニューヨーク市警の協力を仰ぎ、特定地域に勤務する警察官の個人情報を記したカードを住民たちに配布しました。
(※カードに書かれた個人情報は警察官のお気に入りの食べ物、好きなスポーツチーム、憧れているスーパーヒーローなど当たり障りのないものとなっています)
するとわずか三カ月で、カードを配った地域での犯罪率が5~7%減少したことが判明しました。
数字的には少ないように思えますが、同じような成果を出すには警察官による積極的な取り締まり(自宅訪問、職務質問、身体調査、声掛け)を必要とします。
また積極的な取り締まりは一般に地域住民の感情を悪化させ、警察官に危害が及ぶ可能性が増加します。
当たり障りのない警察官の個人情報を住民に配るだけで同じ成果が得られたと考えれば、非常にコストパフォーマンスに優れていると言えるでしょう。
ただ残念なことに犯罪率の抑制効果は効果が出た3カ月後には元に戻ってしまいました。
研究者たちはたった1度のカード配布では限界があり、長期的な成果を得るには定期的なカード配布やその他の手段が必要であると述べています。
しかしそうなると気になるのが心理メカニズムです。
なぜ私たち人類は「他人を知ると自分も知られた」と考えるような本能を持っているのでしょうか?
本能的なものであるならば、進化の過程でこの心理が何らかの恩恵を与えたものでなければなりません。