黒坂岳央(くろさか たけを)です。

経済協力開発機構(OECD)の発表によると、「15歳時点の日本人」の読解力が大幅に低下していることが明らかになっている。

具体的に言えば、前回2015年に8位だった順位を、2018年に15位と大幅に落とした格好だ。読解力については、1位中国、2位シンガポール、3位マカオ、4位香港とアジア勢が上位を独占しているだけに、日本勢の転落がハイライトされたように感じる。また、文科省に調査でも、日本人の半分が「読書をしない」と答えているデータがある。

文章の読解力はそのまま、ネットリテラシーに直結する基底能力を意味する。つまり、文章の読解力が低ければ、ネットリテラシーも低い状態になるのだ。

本稿では、筆者が考えるネットリテラシーを高める具体的な3つの方法について論考したい。

識字率は高いのに、文章を正しく理解できない日本人

我が国の識字率は世界屈指の高さを保っている。人生を生きてきて、「文字を全く読めない」という日本人に出会ったことがある人は、ほぼいないだろう。江戸時代幕末期から、日本の識字率は自慢の種だった。宿で働くスタッフが休憩時間に本を読んでいるのを見て、来日した欧州の重鎮が驚いたというエピソードもあるほどだ。

日本人は識字率は高い、このことは我が国の教育制度が正しく機能していると胸を張っていいだろう。問題は文字は読めるのに、内容を正しく理解できないことにある。つまり文字を知っている人は多いのに、内容を理解する力は近隣アジアと比べて低いという状態なのである。

識字能力とは文字を理解するための「知識」である一方、読解力はそれを理解するための「技術」という位置づけだ。つまり、文字を知識として知っているだけでは足りず、技術として高めるために、磨いていく必要があるわけだ。技術を磨くには、シンプルに文章をたくさん読んだり、書いたりする経験が必須となる。不足している点はここにあるだろう。

ネットは読解力格差を生み出した

ネットの黎明期に、「読解力の格差がフラットになる」と期待した人もいただろう。ネットは無料で大量の情報にアクセスできるため、情報の取得コストは劇的に低下した。これにより、所得に関係なく意欲があればどれだけでも学習や読書が可能になった。だが、皮肉なことにネットの登場によって、読解力はますます格差が広がったと感じる。

その理由は「読む人」「読まない人」が決定的に差が開いたことだ。元々、書籍で活字を消化していたユーザーは、ネットに舞台を移した。筆者もその一人だ。書籍に使う購入費用は減ったが、その分、日々ネットで膨大な活字を読んでいる。特に英語の文章を読む機会は劇的に増えた。従来、英語で情報を取るのはコスト高だった。日本に入ってきている洋書は数が少ないし、大型書店にいかなければそもそも入手が難しかった。だが、ネットなら世界中のテキストをほぼ無料で読むことができる。ネットが登場したことで、活字の読書量が増えたという人はいるだろう。

その一方、ネットの登場により、ますますテキストから離れたという人も少なくないだろう。特に昨今はYouTubeなどの動画メディアや、Voicyといった音声メディアが活況だ。「テキストを読むのは面倒だけど、動画や音声なら消化できる」という人も多いのではないだろうか。

読む人は更に読むが、読まない人はますます読まなくなる。これでは読解力は開いていく一方だろう。