要塞化欧州への警告
ベラルーシとポーランドの国境付近に押し寄せた難民・移民問題については、EUによる制裁に反発したベラルーシが対抗策として意図的な難民流入を演出したという見方がEU及び英国では一般的だ。
EUとしては、おいそれと国境付近で足止め状態となっている人々を助けるわけにはいかない。2015年の難民危機の記憶もあって、越境に関する法律や枠組みを厳格化する方向に向かわざるを得ない。
英仏海峡を渡る密航者問題でも、両国の政府は互いに責任をなすりつけることに熱中し、渡航者を助けようとする議論には向かっていないようだった。
しかし、これでいいのだろうかと筆者は疑問を感じた。報道を通して国境付近で強硬排除手段の対象となる人々の姿を目にし、切羽詰まった肉声を聞くと、「政治の駆け引きはどうであれ、今、ここにいる人を助けるべきではないのか」という思いにかられた。国境付近の住民や慈善団体の関係者などがポーランドの森に入り、食べ物ほかの物資を配った。人道支援を先行させた行為といえよう。
ガーディアン紙は昨年12月26日付の社説(「『要塞化の欧州』には見知らぬ人に対する思いやりがない」)の中で、こう指摘した。
難民条約(成立1951年)の発想は、第2次世界大戦後欧州で大量の難民が生まれた事に端を発するが、70年を経た今、欧州の国境では障壁や柵が増えている。「要塞化の欧州」である。
ガーディアンの社説は、欧州の難民・移民流入問題の解決には、「安全で合法な渡航ルートが確保され、格差がある世界で経済移民が生まれる現実に解決策を見つけることが必要」としながらも、「脆弱な状態にいる、見知らぬ人の苦しみに直面した時、唯一の倫理的な対応は食べ物、飲み物、暖かさ、思いやりを差し出すこと、その人の物語に耳を傾けることだ」と主張する。このことを「70年前に学んでおきながら、21世紀の欧州はその全てをまた忘れる危険にさらされている」。理想論に聞こえるかもしれないが、警告といえよう。
上記は、昨年末までの状況を基にして書いた原稿である。
ウクライナ状況の激変で、「ウクライナ市民を助けよう」という機運が欧州内で一気に生まれた。「要塞」は消え、ドアが開けられた。
今後、ロシアとウクライナの関係がどうなっていくのか、予想は困難だが、もしロシアがすぐに侵攻を停止したとしても、人の流出はしばらく続くのではないか。
人道支援を最優先する姿勢が今後も維持されるよう、筆者は願っている。
(新聞通信調査会発行の「メディア展望」2月号掲載の筆者記事に補足しました。)
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2022年3月7日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。
文・小林 恭子/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
【関連記事】
・「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
・大人の発達障害検査をしに行った時の話
・反原発国はオーストリアに続け?
・SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
・強迫的に縁起をかついではいませんか?