■
事ここに至ってはプーチンの軍事行動に「ウクライナの領土の占領は含まれていない」ことを祈るばかりだ。そんな中、報道では余り聞かれなかったドンバス「両国」の人々の声に関する世論調査が公表された。23日、米シンクタンク「ウィルソン・センター」の「ケナン研究所」が発表した。
ロシアとユーラシアに関する研究で評価の高い、ソ連の「封じ込め」で著名な米外交官ジョージ・ケナンに因む同研究所は、クリミアの出来事が起きた14年以降、ウクライナ政府の支配地域とロシアの支援を受けた「分離主義者」が支配する地域に分かれている両方の地域住民の世論調査を16年から実施してきた。
22年分はウクライナのキエフ国際社会学研究所(KIIS)、モスクワのLevada Market Research(LMR)、英国のR-Research(RR)の3社を使い、KIISとRRが夫々政府支配地域を、KIISとLMRは非政府支配地域(ドンバス「両国」)を担当し、1月14日から17日にかけて4,025人を対象にした電話調査の形で実施された。その概要は以下のようだ。
調査内容は、戦争体験、強制移住、紛争への非難、ロシアが侵攻した場合の計画、政治指導者への信頼などに関するもの。回答者は地政学的な質問に対し様々な見解を示したが、特に印象的なのは、経済的な幸福を政治に関わることに優先するよう求める質問に対する回答だった。
それは多くの人が見過ごすかもしれない危機の一面、すなわち「経済的絶望」を明らかにしている。つまり、ウクライナの経済は繁栄しておらず、一人当たりの国民総所得は90年の約8割に停滞し、かつて産業大国であったドンバス地方の生活水準は、紛争の進行により急落している。
このため、紛争によりドンバス地域の両側(両地域)で、同じように地域内外の強制的な人口移動(数百万人とも言われる)を経験している一般市民は、自分たちの幸福と現状について同じような考え方を持っている。
多くに報道は一般のウクライナ人が地政学的な情熱に無関心に見えるとしばしば指摘し、14年に英国人ジャーナリストは、ドネツク州で27歳の女性にインタビューし「ロシアに住もうがウクライナに住もうが関係ない」、「私が欲しいのは良い給料だけです」と述べたことを報告した。
両地域で今回行った調査では、こういった点にも重点を置いた。すなわち、政治に関わることではなく、一般の人々の経済的な幸福が第一の関心事であるかどうかを測るために。このため質問文は、給与に加えて年金を加えることで、高齢の回答者にも適切な調査となるようにした。
その結果、「ロシアでもウクライナでも、どこに住んでいるかは重要ではない」ことに同意する者が、政府支配地域では51.8%、分離主義共和国では52.6%となり、ドンバスの政府支配地域と非政府支配地域のいずれに住んでいるかにかかわらず、回答者の半数以上がこれに同意した。
一般市民が領土問題にあまり関心がないように見える理由として、回答は社会経済的側面を浮き彫りにする。すなわち、全体の54%が、家族が戦争によって直接影響を受け、犠牲者を出したり、移動を余儀なくされたりしていることだ。
全体の11.5%は食費が不足だと、30.2%が食費は出せるが他の支出はないとするが、貧困層の54%と若年層の59%は「まともな給料さえもらえれば、どの国に住もうが構わない」という意見に同意する。一方、戦争の影響を受けた人々はこれの傾向が46%と低く、どの政府が支配しているかを優先させていることが窺える。
調査は、目下の危機管理外交やメディア報道が、大規模な戦争のリスク、協議の復活や不拡大オプション、地政学的影響圏の物語に夢中なことは理解できるとしつつ、この危機には長い背景があり、独立後のウクライナの不均等な経済発展、特にドンバス地方のような荒廃した工業地帯は、その物語の重要な部分だとする。
そして、地政学や領土問題もさることながら、経済の停滞は紛争地域の一般市民の生活に大きな影響を与える。どのような国旗が頭上に掲げられているかは、彼らの生活における物質的な安定性よりも重要ではないことを、調査は示唆している、と結ばれている。