(2)NASAがエンターテイメント業界に協力する理由とは
上述した作品を見ると、ほとんどの作品にNASAが撮影の協力を行っているか、宇宙開発の推進剤になっていることが分かります。
NASAがエンターテイメント業界に協力する理由はずばり、次世代に宇宙への興味を持ってもらい、未来の宇宙飛行士やエンジニアを獲得するためです。
映画がきっかけになり、その道を目指すことは決して珍しくありません。
例えば、1986年代に公開された『トップガン』は、多くの若者がマーヴェリックに憧れ、80年代後半から90年代の海軍入隊志願者が爆発的に増えました。その経験から、続編の『トップガン マーヴェリック』公開をきっかけに、パイロット志願者の減少に悩んでいる空軍と海軍は、再びパイロットを目指す若者が出てくることを期待しています。
NASAは次世代にインスピレーションを与えることと、巨額の予算を確保するべくより高い認知度を目指し、エンターテイメント業界への協力を惜しみません。最近では、STEM(Science,Technology,Engineering,Mathematics)教育の面白さを伝えるために、スヌーピーのキャラクターで人気の『ピーナッツ』とスペースアグリーメントを結び、Apple TV+オリジナルの『SNOOPY IN SPACE』の製作に協力し、ターゲットを低年齢化させています。
また、毎年100本を超えるドキュメンタリーに協力し、映画へのフッテージやロケーション提供をしています。メディアの人々がNASAにコンタクトをとるための「Bert Ulrich」という専用エージェントもあるほどです。
しかし、誤解を招きそうな内容である『アポロ18』や、事実と大幅に異なる『レッドプラネット』には協力しなかった過去があるので、協力する作品は吟味しているようです。
(3)ISSでの撮影費用と今後の宇宙映画撮影の可能性
冒頭で紹介したトム・クルーズ氏の宇宙での映画撮影を例に、そのコストをまとめ、今後の宇宙での映画撮影の可能性についての考察をしてみました。
ISSでの撮影費用はいくら?
まず、トム・クルーズ氏が映画を撮影するロケ地「ISS(国際宇宙ステーション)」の滞在費用は、記事を執筆している2021年2月末時点(*)で3万5000ドル/泊、ロケットでの移動には約7500~8000万ドルかかると言われています。一定の健康基準を満たし、事前に訓練を受ければ年に2回、最長で30日間滞在できるそうです。さらに、カメラなどの機材を持ち込むとなると機材輸送費も追加でかかるでしょう。
*…ISSの商用利用の料金表は改定されました。詳しくは「宇宙ロボ開発のGITAIが18億円を調達。米国市場進出に意欲【週刊宇宙ビジネスニュース 2021/3/1〜3/7】」をご覧ください。
過去の興行収入実績と合わせて考える今後の宇宙映画撮影の可能性
では、今より宇宙が身近な存在になれば、宇宙映画は宇宙で撮影するのが一般的になるのでしょうか。映像業界は目まぐるしく発展しているため、一概にYES、NOを言うことはできませんが、一般的になる可能性は低いと考えています。
というのも、映画は製作費よりも興行成績が上回らなければ成功とはいえません。つまり、低予算であればあるほど、収益との差が開きやすくなり、興行成績的に成功する可能性はあがります。
トム・クルーズ氏は監督のダグ・リーマン氏とISSに8日間滞在する予定といわれており、ざっと計算すると、2人分の宇宙への旅費と滞在費で最低でも1.5億ドルがかかると考えられます。この作品は製作費が2億ドルと言われており、高額製作費トップ30に入るか入らないかの規模です。
最高額製作費は、『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』の3億7650万ドルと言われており、この作品の興行成績は約10億ドル。認知度が高く、観客を呼び込めるだけのブランド力があるからこその予算と結果だと言えるでしょう。
今はVFX(Visual Effects)で多くのものが再現できてしまう時代です。宇宙をテーマにした映画に特化していえば、『ゼロ・グラビティ』は宇宙に行かずとも見事な宇宙空間を再現し、『ファーストマン』はロケットの中の閉塞感が観客にまで伝わってくるほどでした。現時点でここまで再現し、かつ表現の自由を確保できているのなら、リアルを求めてISSに行く必要はないように感じます。
トム・クルーズ氏が初の宇宙撮影に挑むことが話題になっているのは、まだ見ぬ景色を届けることができるからに他なりません。物珍しさが先行していて、映画そのものが必ず評価されるとは限りません。
物珍しさが先行して評判になった作品に、『ザ・マミー/呪われた砂漠の女王 』があります。本作では、主演のトム・クルーズ氏たっての希望で、旅客機のエアバスS310を放物線飛行させ、無重力状態を作り出して撮影しました。飛行機落下シーンを実際に再現したとあって、前評判は上々でしたが、肝心のストーリーテリングがスケールに見合わず、残念な結果に終わっています。
同氏の作品で実際のアクションが評価されているのは、『ミッション・インポッシブル』シリーズですが、それはあくまでストーリーの完成度も高いからと言えます
つまり、宇宙映画を実際に宇宙で撮影したからといって、内容が伴わなければ興行成績の成功は約束されず、リスクをとってまで莫大な予算がかかる宇宙撮影を映画業界が行い続けるとは思えないのです。
もちろん、トム・クルーズ氏の作品が宇宙で作る映像に上述したコストを上回る価値を見出すことができれば、宇宙での撮影が映画業界の常識を大きく変えることもあり得るでしょう。引き続き注目したいと思います。
(4)まとめ
今回の記事では、NASAと宇宙映画の関係を掘り下げました。取り上げた映画は、主に見た人が宇宙に興味を持ちそうなもの、宇宙関連ビジネスにつきたいと思うきっかけになりそうなものを選びました。名作といえど、子どもには理解しづらい作品はあえて紹介していません。
NASAが本格的にメディアに協力し始めた作品は『アポロ13』なので、その関係は古くからのものではありません。しかし、今やISSで映画が撮影される時代になろうとしています。トム・クルーズ氏が国際宇宙ステーションに足を踏み入れることは、NASAにとっては小さな一歩だが、映画業界にとっては偉大な飛躍」と言えるかもしれません。
提供元・宙畑
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