アポロ計画での月面着陸候補地の選定(*9)
1961年、NASA副長官ホーマー・ニューウェルの依頼により、重水素発見の功績でノーベル化学賞も受賞したハロルド・ユーリーは月探査にふさわしい場所の相談を受けました。回答として挙げたのが、低温で水が存在するかもしれない高緯度地域、巨大クレーターのなか、濃い色の玄武岩で覆われた月の平原である“月の海”、山脈付近などでした。しかし、月面着陸地の選定には、科学的関心事項に加え、その他の制約事項も考慮する必要がありました。
(制約事項)
・月面の地形と地質
・月着陸船の誘導と航法システム
・太陽の高度
・月面温度
・放射線
・宇宙船の打上げと帰還時を考慮した地球の日照
これらの制約に加え、最も重視されていたのがフリーリターン(free-return)軌道を確保できることでした。機械船のメインエンジンが故障して、宇宙船を月面着陸の軌道にのせられなかった際、宇宙船が月を周回だけして地球に帰還することを念頭に置く必要がありました。
月面着陸の経度を決めるには、(1)地文航法の可否と(2)太陽の高度(月面温度)がとても重要でした。第一に、地文航法の目印は誤差450メートル以内でなければなりませんでした。しかし、1963年半ばにあった月面図をもっても、月面の東西では1800メートルもの誤差が想定されていました。第二に、太陽の高度は水平線から15-45度の時間帯が最適だと判断されていました。この2つの要素を考慮すると、「打ち上げの窓」はひと月に2・3日しかありませんでした。

Credit : NASA、『宙畑』より引用)

Credit : NASA、『宙畑』より引用)
サーベイヤー計画では、既存の地図と望遠鏡の観測により、40箇所の着陸候補地がありました。審査委員会は40箇所のうち14箇所を認め、さらにミッションの考察を進め、有人月面着陸の候補地を絞っていきました。次第に「アポロゾーン(Apollo Zone)」が決定されました。これは、月の東経・西経は45度、北緯・南緯は5度まで、縦に約350キロメートル、横に約3150キロメートル広がった地帯のことを指しました。アポロゾーン9箇所全ての候補地の撮影に成功したのはオービター1号でした。1967年3月、8つの候補地(セットB)が提示され、12月にはセットBからさらに5つの候補地(セットC)に絞り込まれました。5つの候補地は、静かの海(Mare Tranquilitatis)、中央の入江(Sinus Medii)、嵐の大洋(Oceanus Procellarum)などが該当しました。
これらの候補地は、万が一ロケットや宇宙船に異常が発生し、打ち上げが最大66時間延期となった場合、誤差が大きい月の東部に着陸せざるを得なく、宇宙飛行士も異なる3つの着陸アプローチと地形を把握していなければなりませんでした。あらゆるシナリオを考えなければならないミッションの大変さが伝わってきます。
アポロ計画で宇宙飛行士とミッションコントロールが使った地図
月面地形図は月面着陸地の選定のみならず、宇宙飛行士のフライトシミュレーター訓練でも使われました。例えば、ラングレー研究所では、月の周回軌道からの月の眺めを再現する複雑怪奇なLOLA(Lunar Orbiter and Let-Down Approach)が用意されました。月の周回を模擬するため、トロッコが走れるような線路が球体の周りに敷かれていました。ただ、実際はあまり使われなかったそうな…。

Credit : NASA photo no. L-65-5579、『宙畑』より引用)
アポロ11号が月面着陸した際、地質学者ユジーン・シューメーカー含め、ミッションコントロールでは月面図作成の威信を賭けて、即座に着陸位置の特定も行われました。その位置は、北緯0度41分15秒、東経23度25分45秒でした。
アポロ計画で最もよく使われた地図は、縮尺が275万分の一のメルカルトル式月面図で、北緯、南緯ともに40度の範囲のものでした。宇宙飛行士と地上からの管制を担うミッションコントロールは他にも、月の軌道から見た場合の予想月面図(座標と宇宙船の予定軌道が描かれている)や月面への着陸経路に沿った月面の地形図(陸標となるクレーターが念入りに記入されている)などの地図を参考にしました。月面探査時に宇宙飛行士は、はじめに縮尺10万分の一で大体の位置を確認し、次に縮尺5000分の一の月面図を頼りに月を探検していました。(*5)
目的地に辿り着くためには、地図が必要不可欠です。地図づくりがアポロ計画を支えたと言っても過言ではありません。現在、世界では火星の観測と地図製作も着々と進んでいます。私たちはこれからどのような宇宙像を再び新たに発見し、どのような地図を描いていくのでしょうか?そんな壮大なストーリーに思いを馳せるのもワクワクしますね。
(参考)
(1)The Last Man on the Moon: Astronaut Eugene Cernan and America’s Race in Space, Eugene Cernan, Don Davis, Griffin, 2000 (p.316)
(2)「天空の地図-人類は頭上の世界をどのように描いてきたのか」、第2章 月の地図、アン・ルーニー著、鈴木和博著、日経ナショナル・ジオグラフィック社、2018年
(3)「月のきほん」、白尾元理工著、株式会社誠文堂新光社、2017年
(4)「月の本」、林完次著、株式会社角川書店、2000年
(5)「地図を作った人びと-古代から観測衛星最前線にいたる地図製作の歴史」第24章 地球の外に目を向ける-月面図、ジョン・ノーブル・ウィルフォード著、鈴木主税訳、1988年、河出書房新社
(6)The Women of the Moon: Tales of Science, Love, Sorrow, and Courage, Daniel R. Altschuler, Fernando J. Ballesteros, Oxford University Press, Jul 4, 2019
(7)「月の科学ー「かぐや」が拓く月探査」、青木満、ベレ出版、2008年
(8)「月 人との豊かなかかわりの歴史」、ベアント・ブルンナー著、山川純子訳、株式会社白水社、2012年
(9)・Where No Man Has Gone Before -A History of Apollo Lunar Exploration Missions-, William David Compton, The NASA Historical Series, NASA SP 4214, 1989
提供元・宙畑
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