牛深の中心地に山田を放置した記事が記憶に新しいと思うのですが、私はその間、ドライブデートをしておりました。

85歳のおじいちゃんと。

今回、85歳のおじいちゃんと周る牛深のデートコースをご紹介したいと思います。

目次
出会いは牛深カメラ
落ち着いた大人の男は慌てない

出会いは牛深カメラ

せっかく牛深に来たのだから、三浦屋だけではもったいないと思い事前に色々と調べたところ気になったのが「 旧烏帽子坑跡」。

たまたまグーグルマップで見つけたのですが、このインパクトたるや。

牛深で85歳のおじいちゃんとデートしたら「映え」を教えてもらった
(画像=『肥後ジャーナル』より引用)

海の中にぽつんとあるんですよ。

牛深で85歳のおじいちゃんとデートしたら「映え」を教えてもらった
(画像=『肥後ジャーナル』より引用)

一体どうやって行けばいいのか、そもそもこれは何なのか。そんなことを三浦屋の取材の際に吉川さんに相談したところ

牛深で85歳のおじいちゃんとデートしたら「映え」を教えてもらった
(画像=『肥後ジャーナル』より引用)

「それでは行きましょう」とのお誘いが。

これはデートに違いない。そう確証し車に乗って牛深デートを慣行してみました。

落ち着いた大人の男は慌てない

さっそく2人のドライブデートが始まりました。今回のゴールの終点である旧烏帽子鉱跡は、下須島にあるとのこと。

現在は橋がかかっているので牛深本土との往来は可能ですが当時は離島だったそう。

ムトー「ぎゃんぎゃん山道に入っていきますね」

吉川さん「そうね、このあたりは昔は島だったけん。私もここ(島)の出身。」

聞くと、この旧烏帽子鉱跡はその名のとおり、昔は炭鉱があった場所なんだとか。

吉川さん「地元では”海軍炭鉱”とか”海底炭鉱”って呼ばれてます。明治30年にできたんですが、湧水のため実際に使用していたのは3年~4年と言われています」

時は日露戦争の時代。烏帽子鉱は、無煙炭を軍事用に採掘することを目的とし、日本帝国海軍の指示のもと作られました。もちろん他の地域でも炭は採れていたのですが、ここ牛深地方の炭は「キラ炭」と呼ばれ、カロリーが高く灰分が少ないいい炭だったんです。

炭鉱で有名な筑豊の炭が屯(とん)あたり3000円だったところ、烏帽子の残炭は10,000円で取引をされていたっていうんですから、そりゃ大したもんです。

牛深で85歳のおじいちゃんとデートしたら「映え」を教えてもらった
(画像=『肥後ジャーナル』より引用)

そんな小難しい話を繰り広げられていたところ、突如視界が広がりました。

ムトー「吉川さん!アレやない!?」

牛深で85歳のおじいちゃんとデートしたら「映え」を教えてもらった
(画像=『肥後ジャーナル』より引用)

吉川さん「あらー…ここが烏帽子じゃなかけど。あなたが観たいというのであれば、それもまたいいでしょう」

ムトー「え」

どうやらここではないよう。もっとはっきりと見える場所があるからそこに行きましょう。と言われ車を再び走らせました。