(3)衛星データ利用の勘所とハードル、今後の展望
――実際に災害が起きてから、衛星データを解析して被害の情報を把握するまでのフローはどのようになっているのでしょうか?
小林:現在は、災害の発生前から準備を進めています。気象予報で台風の発生、接近情報が入ってくると、フィンランドのICEYE社が持つ合成開口レーダー(SAR)衛星、三菱電機による日本のALOS-2などのSAR衛星、パスコが提供する光学衛星など、どんな衛星がどの軌道を周回する予定で、最も観測に適した衛星はどれか3社で協議した上で撮像リクエストを決定します。
ICEYEやパスコ、三菱電機など各パートナー企業による解析結果を受け取り、市街地や圃場など土地利用データとハザードマップ、降雨量の推移、河川の水の流れ方などを総合的に重ねていきます。保険会社ですから、自社が持っている請求受付情報なども重ねることができます。
その上で、現地へ派遣する人数などを決定します。衛星データを使ったから調査チームの規模が減るとは必ずしもいえないですが、現地だけで対応できるので派遣しなくてもよい、ということもデータをもとに判断できるようになりつつあります。
伏見:現在はパートナー企業ごとに、緩やかに対応地域を分けています。フィンランドのICEYE社は分析技術が進んでいて、浸水高の精度も高いため、利用頻度が高いですね。ICEYE社のデータだけでは対応しきれない部分を他の企業が補完しているような体制になっています。
――利用する衛星画像もプロジェクトを進める中で絞られ始めているということですね
小林:衛星画像を導入し始めたときは、それぞれ強み弱みがあるさまざまな衛星を使えるほうが精度がよいだろうと考えて軸足を絞らずに競合させようと思いました。2019年の台風19号のときは、広範囲に東日本全体を観測する必要があり、1社の衛星では観測できないですから、アメリカのデータ解析企業が東北を担当、日本の企業は茨城県というように分担してアウトプットを出すことになりました。あまり絞りこみすぎず、各企業とフレキシブルにやっていくことが良いと考えていたので。
ICEYE社の良い点は、自社でSAR衛星を保有していますから狙ったときに狙った場所を撮れて対応が柔軟ということ。なにしろ、できる限り24時間以内にデータがほしい、遅くとも48時間以内というビジネス要件がありますから。1週間後では手遅れですし、撮像から解析まで一貫してできるICEYE社のような企業は強いのです。
また、最近はICEYE社の衛星が増えて1日に4回観測できるようになり、水災の場合でも水が引いてしまって間に合わない、といったことはなくなりました。3年前から比べると隔世の感があります。
――災害対応に衛星画像を活用する際に何らかの利用環境などのハードルはありましたか?
小林:あえていえばSARのデータ解析の技術者の規模でしょうか。日本は若干その点で遅れていると思っていますが、利用が広がる中でこれからすそ野が広がっていくものと思っています。
伏見:基本的なところですが、SAR画像の価格でしょうか。高価なので数を集めるのは非常に大変です。災害時は1エリアで撮れるだけ撮って解析に回したり、浸水状況をにらみながら「3日間は撮り続ける」など決めたりしています。供給は増えてくるとは思いますが、変わっていってほしい部分ですね。
今後、撮像時の手間も軽減されて、タスキングを行わずとも、SAR画像が集まるようになれば、どんどん物事が進むと思っています。
(4)数年に渡る衛星データ利活用検証、実用化の目途が見えるまで継続できた秘訣は?
――損害保険の世界に、衛星画像という新たな技術を取り入れ、迅速な保険金の支払いにつなげることができた秘訣は何でしょうか? 導入時、「突飛な発想だ」といった意見はありませんでしたか?
小林:ミッションがしっかり明確であれば、衛星データ活用は進められるものだと考えています。当時、私は衛星のことなど何も知らなかったので「こういうシステムがほしい」というミッション要求をどう実現するかに集中することができました。人工衛星の技術や制約などに予備知識があったら、かえって難しさを感じてしまっていたかもしれません。
たしかに、衛星画像の利用は突飛だと思われたかもしれませんが、突飛なものも含めてデジタル化に資する技術は数十個も導入しようとしていたので、衛星だけに頼ろうとしていたわけではないですね。
また、挑戦を許容してくれる土壌の企業であったことが幸いしたと思います。全面的に任せてもらいスピード感を持ってプロジェクトを進められました。そうした文化があれば導入できるものだと思います。現在ならば「東京海上日動が実現した」と立証したわけですから、前例もあります。最終的には、日本全体の災害対応力が上がればよいことだと思います。
伏見:ミッション目標を見据えて進んできた小林さんなくして、このプロジェクトは実現しなかったと思いますね。衛星データという技術を活用してここまでくることができました。アビームコンサルティングでは、ビジネスへの衛星データ利活用は普及してきたと考えています。これからは他の技術も活用して、さらに顧客への提供価値を高めていきたいですね。
提供元・宙畑
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