これまで2回にわたって、人工衛星の軌道についてご紹介してきました。
最後となる本記事では、実際によく使われる軌道の種類について、いくつかご紹介をしてきます。

本記事では、まず「目的地」としての「軌道(Orbit)」の紹介をし、その後に「移動ルート」としての「軌道(Trajectory)」の話をしていきます。
目的地としての軌道

衛星のミッションによって様々な軌道がある。
冒頭でも説明したとおり、どのような軌道が採用されるかは、どのようなミッション(地球観測、通信、測位等)をしたいかどうかに大きく依存します。
例えば、地球観測衛星であれば、(同じ太陽入射条件で観測できることが重要であることが多いため)毎日何時何分JSTに日本上空を通過したいというような要求があります。
そのような要求を満たすためには、特定の軌道(この後紹介する、太陽同期準回帰軌道など)を目的地として選ぶ必要があります。ここでは、目的地としての軌道を図鑑的に紹介していきます。
地球低軌道(Low Earth Orbit: LEO)
現在最も多くの衛星が打ち上げられているのが、地球低軌道(LEO)です。一般的に地表から高度2000km以下の高度を周回する軌道を指します。高度に応じて、中軌道・高軌道という分類もありますが、地球観測等の観点から最も多く用いられるのが低軌道です。
国際宇宙ステーション(International Space Station: ISS)も、LEOを周回しています。LEOの中でも特に人気のある軌道が「回帰軌道」や「太陽同期軌道」です。
回帰軌道(Repeat Ground Track Orbit)・準回帰軌道
「回帰軌道(Repeat Ground Track Orbit)」とは、地球が自転で1周する間に、人工衛星がちょうどN周(Nは整数)する軌道です。ある日、ある地点の上空を通過した衛星は、1日後も同じ地点の上空を通過することができるような軌道です。
回帰軌道の仲間として「準回帰軌道」という軌道も存在します。これは、地球が自転でM周(Mは整数)する間に、人工衛星がN周するような軌道です。毎日同じ地点の上空は通過できませんが、M日おきに同じ地点の上空を通過することができます。
これらの軌道は、定期的に同じ地点の上空を通過してくれるため、地球観測・通信等の幅広いミッションで人気が高い軌道です。
太陽同期軌道(Sun-Synchronous Orbit: SSO)
もう一つ,人気の高い軌道が「太陽同期軌道(Sun-Synchronous Orbit: SSO)」です。「太陽同期軌道」とは、衛星の軌道面と太陽の幾何学的関係が1年を通して同じ条件になるような軌道のことです。原理については本稿では割愛しますが、地球が真球ではなく、少し潰れた楕円体である影響を活かした軌道になっています。
1年を通して衛星の軌道面と太陽の幾何学的関係が変わらないので、ほぼ同じ日の当たり方で地球観測ができるような軌道になります。
太陽同期軌道のもう一つのメリットは、衛星が経験する日陰時間(地球の影に衛星が入ってしまう時間)が年中変わらないというメリットがあります。
上手い太陽同期軌道を選べば、全日照の軌道(全く地球の影に入らない軌道)も選ぶことができ、ドーンダスク軌道(Dawn-Dusk軌道。Dawn=夜明け、Dusk=夕暮れという意味。)と呼ばれています。
衛星に常に太陽光が当たり続けるため、衛星の電力や熱設計の観点でも有利な軌道であり、地球観測衛星の中では電力を多く必要とするSAR衛星でよく選択されています。
SSOかつ回帰・準回帰軌道という軌道も存在し、LEOミッションにとって最も人気の高い軌道となっています。
また、地球周回以外でも月低軌道(Low Lunar Orbit: LLO)・火星低軌道も月・火星ミッションを行う際には、広く利用されています。これらの軌道で、地球周回のように実用的な回帰軌道・SSOが設定できるかは、天体の自転周期や重力の特性に依存します。
静止軌道(Geo Stationary Orbit = Geosynchronous Equatorial Orbit: GEO)
通信・気象観測等の宇宙利用ミッションにおいて、人気の高い軌道が「静止軌道(Geosynchronous Equatorial Orbit: GEO)」です。

静止軌道は、地表から高度35,786kmで軌道傾斜角が0(赤道上空)の円軌道です。GEOでは衛星の公転周期と、地球の自転周期が一致しています。そのため、衛星は常に同じ地点の上空に止まり続けることができるのです。

静止軌道は、24時間自国上空をモニタしたい気象観測・通信ミッション等幅広い分野で人気が高い軌道で、数多くの衛星が配置されています。
GEOに投入できる衛星の数は限りがあるため、(そもそも高度が高いのでアクセス性が悪いことも含めて)低軌道の衛星と比べて、多機能・長寿命な大型衛星が主流となっています。
対地同期軌道(Geosynchronous Orbit: GSO)・準天頂軌道
GEOは「対地同期軌道(Geosynchronous Orbit: GSO)」の一種です。
GSOでは、衛星の公転周期と地球の自転周期が一致しているのみであり、軌道傾斜角・軌道離心率に関する制約はありません。

Source : qzss.go.jp/technical/technology/tech01_orbit.html、『宙畑』より引用)
GSOでは、ある地点の上空に止まり続けることができるわけではありませんが、ある地点の上空近傍に止まり続けることができます。準天頂衛星「みちびき」が配備されている準天頂軌道は、このGSOの一種となります。
測位衛星は、測位精度を向上するために測位したい地点の天球上にまんべくなく衛星を配置することが良いとされています。準天頂軌道を選ぶことで、日本上空に定在させながら、日本上空に衛星がまんべくなく配置することを実現しています。
ハロー軌道(Halo Orbit)
地球周回から離れた月以遠のミッションで用いられる軌道も紹介します。
現在、月軌道ゲートウェイ(Lunar Orbital Platform-Gateway: LOP-G)の開発やNASAのアルテミス計画等で、月以遠ミッションが加速しようとしています。宇宙ビジネスの舞台も、地球周回軌道から月以遠へと少しずつ移ろうとしているのです。
その拠点となる月軌道ゲートウェイが配置されてようとしているのがNRHO(Near Rectilinear Halo Orbit)です。NRHOというのは、「ラグランジュ点」を基準とした「ハロー軌道」の一種なので、まず「ラグランジュ点」と「ハロー軌道」について説明をしていきます。
ラグランジュ点

ラグランジュ点とは、三体問題※(太陽・地球・宇宙機,地球・月・宇宙機 etc…)に存在する力学的な平衡点(力が釣り合う点)を表します。

例えば、地球-月系のラグランジュ点では、地球が宇宙機に及ぼす重力、月が宇宙機に及ぼす重力、遠心力という力学的に働く力が釣り合っています。
力が釣り合う点は複数点存在するため、ラグランジュ(Lagrange)の頭文字Lを取って、L1点、L2点、L3点、、、と呼ばれます。
特に太陽-地球系のL1、L2点は、太陽と地球の幾何学的関係性が固定されるため、太陽観測(定常的に太陽を観測したい)や天文衛星(定常的に太陽光による熱から望遠鏡を守りながら観測したい)を中心とした宇宙ミッションで用いられることが多いです。また、例えば地球-月系のL2点は、地球や月へのアクセス性が高く、地球に対する月の裏側と通信ができ、更に太陽重力の影響を効果的に使うことで効率的に惑星間へ脱出できることから、月軌道ゲートウェイの建設候補地点として選ばれています。
※正確には、円制限三体問題という円軌道仮定(第一天体の周りを第二天体が円軌道で周回する)と制限仮定(宇宙機等の第三天体が他の天体に及ぼす重力が無視できる)の2つの仮定が成り立つ三体問題です。
ハロー軌道
ラグランジュ点はあくまで平衡点なので宇宙機を配置する場合は、そのラグランジュ点近傍の周期軌道に配置することになります。
ラグランジュ点近傍の周期軌道は、複数種類存在しますが最も有名なものがハロー軌道と呼ばれる軌道です。

軌道のもつエネルギーごとに連続的にハロー軌道が存在し、そのハロー軌道の中で月近傍を通過する長楕円軌道に近いハロー軌道をNear Rectilinear Halo Orbit (NRHO)と呼びます。
現在開発が進行中の月軌道ゲートウェイは、地球-月系L2点のNRHOに配置される予定です。
