2021年12月中旬、米国の南部、中西部の州で「米史上最大級」といわれる竜巻が発生、大きな被害をもたらしました。ケンタッキー州の地方都市メイフィールドでは多くの建物がなぎ倒され、ロウソク工場が破壊されるなど、64人の犠牲者が確認されています。

このとき、壊滅した工場と健在だった4年前の工場の様子を宇宙から撮影した画像が米国をはじめニュース各社の記事に掲載されました。

ジャーナリズムと衛星データ~2021年のニュースに登場した衛星画像。2022年はどうなる?~
(画像=『宙畑』より引用)

撮影したのは、WorldViewシリーズをはじめ超高分解能の商用地球観測衛星を運用する米Maxar Technologiesです。

メイフィールドの竜巻被害では、メディア各社によって地上から多く撮影されていますが、宇宙空間から地上を撮影した衛星画像ならではの利点に「二次被害等の恐れがある危険な地域でも安全に撮影できる」「過去のアーカイブ画像と比較しやすい」などがあります。Maxarの画像は、行方不明者捜索の妨げや撮影者の危険を招くことなく、また2017年1月と2021年12月の画像から同じ場所、同じ時期の健全な状態と被害直後の状態を比較することができました。画像は、世界の大きな災害の際に被害状況分析に役立つ画像を提供するMaxarの「オープンデータ プログラム」で配布されています。

衛星画像(データ)ならではの利点を活かして、ニュースソースに利用する例が増えています。英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所のレポートでは、衛星データを活用した調査報道の手法を「Satellite Journalism(衛星ジャーナリズム)」と呼んでいます。自然災害や気候変動の影響、自然の絶景のように地球観測衛星と親和性の高いテーマはもちろんのこと、人権問題や紛争といったテーマも衛星画像によって明らかにできる点が多くあります。

2015年にピュリッツアー賞公益部門を受賞したAP通信の’Seafood from Slaves‘シリーズは、東南アジアでの違法操業で水揚げされたシーフードが米国の小売店まで届いている実態を明らかにした一連の調査報道記事で、衛星ジャーナリズムのエポックな成功例といえます。Digital Globe(現Maxar)は、違法操業船が運搬船に漁獲物を積み替えているまさにその瞬間を光学地球観測衛星WorldView-3の画像によって撮影。船舶を特定できたことから違法操業船の捜索が可能になり、奴隷状態の労働者が漁業に従事させらていたことが判明し、後に2000人に及ぶ奴隷労働者の開放につながりました。

広域性、越境性に加え、宇宙からの監視は対象者に気づかれにくいという衛星ならではの特徴を活かしたAP通信とDigitalGlobeのコラボレーションは、大きな実績を残した例です。2021年に日本経済新聞がOrbital Insightのシステムを導入したほか、アクセルスペースとJX通信社が速報衛星写真の配信実証を開始するなど、日本でもデータジャーナリズムの一形態として衛星画像をメディアで利用する取り組みが拡大しつつあります。

■衛星画像のメディア利用の課題

ジャーナリズムに大きな可能性を持つ衛星画像ですが、メディア利用にはまだ多くの課題があります。いくつか挙げてみましょう。

利用者の基礎知識・導入への意欲

ジャーナリズムと衛星データ~2021年のニュースに登場した衛星画像。2022年はどうなる?~
(画像=衛星画像からのオブジェクト検出の一例、飛行機を検出している。
Credit : Original data provided by NEC、『宙畑』より引用)

最も基本的な部分ですが、メディア各社、そしてジャーナリスト自身が「衛星画像を利用したい」と希望し、基本的な知識を持たなくては導入が進みません。光学とSARの違いといったごく基本的な部分から、AP通信の例で海上の画像から船舶を検出したような対象物(車、飛行機など)を見つける「オブジェクト検出」や、衛星データの波長に含まれる成分を分析して植物の状態を把握したり、埋蔵されている鉱物の手がかりを得たりといった「スペクトル分析」などさまざまな利用の仕方まで、実例を積み重ねていくしかないのでしょう。


宙畑メモ:スペクトル分析
私たちが普段目にする画像は赤・青・緑の3色で構成されていることが多いですが、人工衛星に搭載しているセンサではそれ以外にも、赤外線の領域なども観測できるようになっており、目で見て分かる情報以上の情報を得ることができます。


ジャーナリズムと衛星データ~2021年のニュースに登場した衛星画像。2022年はどうなる?~
(画像=衛星データで捉えた軽石漂流の様子
Credit : JAXA
Source : earth.jaxa.jp/karuishi/、『宙畑』より引用)

一方で、JAXAは記者向けに勉強会の形で地球観測衛星についての基礎知識を広めたり、2021年に発生した海底火山「福徳岡ノ場」から噴出の軽石の衛星画像と情報を特設サイトで公開したり、とアウトリーチに努めています。

宇宙分野専門ではないジャーナリストがこうした機会を得られるような取り組みも必要でしょう。衛星データの解析を行う企業・団体から何らかの形でジャーナリストを呼び込む活動があれば、そのメリットを伝えることができると考えます。

メディアの表現力向上

衛星画像の特徴を活かすには、掲載するメディアの側に新たな表現方法が求められることがあります。代表的なものは、Webサイトで2枚の画像をスライダーで切り替えて表示できるBefore/Afterスライダーと呼ばれる表示形式です。

上述のMaxarの竜巻被害画像がまさにこの方式で、撮影日の異なる画像を比較することができます。自然災害の報道などで大きなビジュアルインパクトを与えますが、こうした表示に対応している日本のWebメディアはまだ少ないようです(宙畑は対応しています!)。

他にもGIF動画など、時系列的変化を捉えたビジュアルを、特にWebサイトに掲載できる衛星画像ならではの表現に対応を期待したいところです。これは、ジャーナリストからの要望というかたちでボトムアップで導入が進むのかもしれません。

誤情報・フェイクニュースへの備え

衛星画像はすべて人為的な加工を行ったものですから、加工、解釈の際のミスや悪意ある誤情報の混入に常に警戒する必要があります。発生しやすいミスには、地図の読み間違いがあります。ケンタッキー州の竜巻被害が発生した地方都市「メイフィールド(Mayfield)」は、同州の地方都市「メイスヴィル(Maysville)」と混同されやすいといいます。

また、可視光以外の波長に色を割り当てたフォルスカラーは、適切なラベルがないと誤解を生みやすく、米空軍のレポートによると1986年のチェルノブイリ原発事故の際に赤外線観測画像を「焼けただれた野原」と報道してしまった例があるといいます。

ジャーナリズムと衛星データ~2021年のニュースに登場した衛星画像。2022年はどうなる?~
(画像=しきさい(GCOM-C)で撮影したクロロフィルa濃度
Credit : JAXA、『宙畑』より引用)

例えば赤潮被害が発生した時に衛星データが用いられますが、その時に手がかりとして用いられるクロロフィルa(植物プランクトンが持つ葉緑素を捉えた画像)に赤色を割り当てた画像を、赤潮そのものの色と誤認してしまうといったミスはありそうです。

ロイターの衛星ジャーナリズムレポートによれば、誤情報やフェイクニュースを防ぐには「クロスチェックが有効」とのことです。衛星データ利用の責任が少人数に集中するのではなく、クロスチェックできる人的余裕が必要になるのでしょう。また、画像上にラベルを書き込む、常にキャプションとセットで扱うといった操作で文字情報と画像が切り離されないように対策することもミスを防ぎます。ジャーナリストそれぞれが地図への知識を深め、衛星画像を読み解く背景の情報を共有することも大切です。

プライバシーへの配慮

精密農業は、衛星データ利用では息の長いアプリケーションで多数の例がありますが、ロイターのレポートによると、プライバシー問題を懸念し衛星からの観測を拒否したいと考えている農家も一定数存在するといいます。

筆者は2021年夏にブラジルで発生したコーヒー農園の霜害を解析企業「天地人」とともに解析した記事を発表しています。このとき実は欧州のSentinel衛星画像や現地の生産者組合のWebサイトといったオープンな情報を組み合わせるだけで、被害を受けた(と見られる)コーヒー農園を特定できてしまいました。衛星画像は地図と組み合わせて利用され、災害時に「被災者リスト」のような機微な情報を生成できてしまうわけですから、報道のインパクトを抑えてでも情報をぼかす配慮が必要になります。