美辞麗句に隠れて進む生活基盤の劣化

というのも、ピッツバーグでは地理的に宿命とも言える洪水が折に触れて起きるだけではなく、ほとんど自然災害の影響無しで突如インフラの維持補修が行き届いていないことがバレてしまう事件が多発しているからです。

ピッツバーグの橋梁崩壊が照らし出すアメリカの生活インフラ劣化
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

交差点で信号待ちをしていたバスの後輪あたりにおかれていたエンジンの重みに耐えかねて、地下に埋設されていた水道管が破裂し、その空洞に車体の後ろ半分が埋没してしまったところです。

市民のために生活基盤を守るという最低限の仕事さえできていない市の再開発計画を、景観が良くなったとか市民が昔より川岸に出て水と親しむ機会が増えた程度のことで褒めそやすのは、おかしくないでしょうか。

なお、セントルイスの1933~68年にわたる長期のリバーフロント再開発も、目玉商品は一見損得ずくではできないはずのゲートウェイ・アーチという壮大なモニュメントの構築でした。

ピッツバーグの場合も、ふたつの川が合流する突端部分の狭いけれども一等地となりうる場所を、噴水の中心とした広いポイント・ステート・パークという公園にしています。まず天候の良い季節の華麗な夕暮れ時の光景をご覧いただきましょう。

ピッツバーグの橋梁崩壊が照らし出すアメリカの生活インフラ劣化
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

続いて、きびしい冬の寒々とした風景です。

ピッツバーグの橋梁崩壊が照らし出すアメリカの生活インフラ劣化
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

噴水を囲む円のすぐ外にたたずむふたりの人と、円錐形のテントか蚊帳のような構築物の対比で、いかに広々とした土地をぜいたくに使っているのかわかります。

「これだけ土地のムダ遣いをするからには、たとえ理想主義が妙な方向に暴走したと批判することはできたとしても、営利目的を指摘するのはお門違いだろう」と思いがちです。

でも、ピッツバーグもまた完全クルマ社会アメリカの1都市であることを考えれば、この土地はどうせ低度利用しかできないはずなので、いっそ空き地同然にして見晴らしをよくするほうが得だとわかります。

アメリカではどんな土地に人を集める施設を建てるにも、少なくとも人間が利用する床面積の5~6倍、ときには10倍くらいを交通量を増やすための道路拡幅、車線追加、駐車スペース確保に当てる必要があります。

セントルイスの川岸でもそうですが、ピッツバーグのように両側を川で封じられた三角形の突端のような土地に大きな集客施設を建てたりしたら、そこにたどり着くための道路拡張やそこでクルマを停めておくためのスペース確保で、そもそも採算が合わないのです。

それぐらいなら、だだっ広い土地を空き地同然の程度利用にして、なるべく見晴らしのよい景観を創出しようということになります。

ふり返ってみれば、去年の6月からアメリカは生活基盤の劣化について立てつづけに警鐘を乱打されています。

まず、首都ワシントンで、突然交通量の多い道路に歩道橋が落ちてきました。

ピッツバーグの橋梁崩壊が照らし出すアメリカの生活インフラ劣化
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

その翌日、今度はフロリダ州マイアミで高層リゾートマンションのほぼ半分が倒壊し、約300戸の住宅が跡形もなく押しつぶされました。

ピッツバーグの橋梁崩壊が照らし出すアメリカの生活インフラ劣化
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

最終的には98名の方々の尊い命が失われました。自然災害などが起きたわけでもないのに、住んでいた家が突然崩れ落ちるなどという事態は絶対に起きてはいけないことです。この事件では、さまざまな手抜き工事に関する疑惑が噴出しました。それ以前に、土木・建築を問わずアメリカの建設業界全体として現場施工力も落ちているし、その後のメンテナンスや定期点検などの体制にも不備が多いのではないかと不安になります。

バイデンの1.2兆ドルのインフラ整備予算は救世主たり得るのか?

皮肉なことに、1月28日の金曜日はちょうどバイデン大統領がピッツバーグで1.2兆ドルのインフラ整備計画について地元の公共事業関係者などと話し合うスケジュールが組まれていた日でした。

さっそくピッツバーグ入りしたバイデンは、ピッツバーグが世界一橋の多い都市だとか、例によって間違ったことを言いましたが、それはまあご愛敬で済みます。

1位はハンブルク、2位がアムステルダム、3位がニューヨーク、4位がピッツバーグで、5位がベネツィアです。

問題は「全米に4万8000存在する劣悪な橋を全部補強して安全にする。これは冗談ではない。そのための予算はもう確保してある」と大見得を切ったことです。

おそらく、アメリカ連邦政府にとって史上最大の1兆2000億ドルのインフラ整備予算で、全米の劣悪な状態の橋は全部必要な補強や改修を施せると言いたかったのでしょう。

もちろん、このインフラ整備予算を全部大統領の自由裁量で使えるものなら、全米4万8000基の補強・改修に1基当たり2500万ドル(約29億円)かけることができます。

アメリカの橋が長大橋ばかりだったとしても、さすがに1基当たりでこれほど大きな金額にはならないでしょう。

でも、実際には1兆2000億ドルのインフラ整備計画の使途は、もう以下のように大枠が決まっています。

ピッツバーグの橋梁崩壊が照らし出すアメリカの生活インフラ劣化
(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

この表最初の項目である「道路・橋梁」予算を全部劣悪な橋の補強・改修に振り向けても、せいぜい1基当たり200万~300万ドル(2億3000万~3億5000万円)程度にしかならないでしょう。

今回崩落したファーン・ホロー橋クラスやそれより大きな橋が多いと、この金額ではまかないきれないでしょう。

それ以上に、道路・橋梁予算や別枠のハイウェイ信託基金として設定された資金の大部分は、維持補修という地味な分野ではなく、道路の新設や拡張などのもっとおいしい利権につながる分野に回される可能性が非常に高いのです。

伝統的な道路や橋梁の新設よりもっと優先順位が高くなりそうなのは、この表で「送配電網とエネルギー」と「電気自動車・バス・フェリー」といった「再生可能エネルギー」発電と、交通機関の完全電動化といういずれも、巨額の投資を必要とする分野です。

化石燃料を一切使わない発電と、同じく内燃機関を使わない交通機関に全面的に切り替えるとすれば、世界中で130~160兆ドルというとんでもない金額が必要になると予測されています。

日本円にするとめったに使う機会がない1京5000兆~1京8500兆円という数字になります。そして、先進諸国の政府が軒並み、あまりにも天候依存度が高いのでどんなに設備を拡充しても供給不安がつきまとうこの「緑の革命」を推進する方向に踏み出しているのです。

彼らがあまりにも投資効率の悪い方向に突っ走っているには、それなりの切実な理由があります。

カネ(金融資産)だけではなく、モノ(実物資産)もあまっていて、これをなるべく早く、なるべく多くすり減らさなければ、もう効率よく儲けることはできないと確信しているのです。

そのために、彼らは現存している社会・生活インフラの維持補修といった地味でも確実に資産価値を守ることにではなく、素速く大量に資産を消尽することに向かって進んでいるのです。

世界中でいちばん深刻にこの意図的な生活インフラすり減らし作戦の被害を受けるのは、中層以下のアメリカ国民でしょう。

その兆候は、生産力年齢(18~64歳)のアメリカ国民の死亡率がたった1年で40%も上昇したという怖い統計数値に表れています。


編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年1月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。

文・増田 悦佐/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

【関連記事】
「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
大人の発達障害検査をしに行った時の話
反原発国はオーストリアに続け?
SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
強迫的に縁起をかついではいませんか?