岸田首相の施政方針演説は、また「新自由主義」を非難して「新しい資本主義」を提唱するものだった。民主党政権と同じくアンチビジネスで、株主の利益を労働者に分配するという発想だが、それは錯覚である。日本の賃金が下がった最大の原因は、資本が海外に逃げたことなのだ。

製造業の空洞化で雇用が失われた

この20年、国内投資は一貫して不足していた。図を見ればわかるように、不良債権処理の行われた2002年から企業が大幅に貯蓄過剰になり、2008年のリーマン危機のあとも貯蓄が増えている。資本主義は企業が金を借りて投資するシステムだから、企業がずっと貯蓄過剰(投資不足)になっているのは異常事態である。

「新しい資本主義」で雇用が失われる
(画像=唐鎌大輔氏のデータ、『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

その原因は、大企業が借りた資金を海外に投資したからだ。2013年に日銀の黒田総裁が「異次元緩和」を始めたあと、1ドルは80円から120円まで上がり、経常収支の黒字は増えたが、そのほとんどは所得収支(海外法人の利益)だった。次の図のように邦銀の対外投融資残高は、絶対額で世界トップである。

「新しい資本主義」で雇用が失われる
(画像=日本経済新聞より、『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

日銀が大量に供給したゼロ金利の資金は、国内ではなくアジアに投資され、グローバル企業に高い収益をもたらした。「世界の工場」になった中国が急成長し、日本の単位労働コスト(労働生産性で割った賃金)は中国とほぼ同じになった。

国内の格差が拡大したのは、このようなグローバルな格差の縮小の結果であり、止めることはできない。名目賃金の差はまだ大きいが、衣類や雑貨のようなコモディタイズした製品は、国内の高い賃金でつくれなくなった。かつての農業と同じく、付加価値の低い製造業は国際競争力を失ったのだ。

投資不足を埋める三つの方法

賃金が下がった原因は「新自由主義」ではなく、このような国内の投資不足なので、投資を増やさないと雇用が増えない。マクロ経済的には

貯蓄−投資=財政赤字+経常収支黒字

なので左辺の投資不足を所与とすると、それを埋める第一の簡単な方法は、右辺の財政赤字を増やすことだ。貯蓄過剰の状況でプライマリーバランスの赤字を心配する必要はないが、財政バラマキはしょせん対症療法で、日本企業の競争力は回復しない。

第二の方法は、さらに円安誘導して、右辺の経常黒字を増やすことだ。1ドル=150円ぐらいまで円が下がれば、左辺の需給ギャップはなくなるだろうが、輸入インフレで交易条件は悪化し、日本人はますます貧しくなる。日銀も120円を上限と考えているようだ。

第三は、法人税の減税で製造業を国内回帰させ、海外から直接投資を呼び込んで左辺の投資を増やすことだ。日本の法人税率はアジアで最高水準なので、外資がアジア統括を東京からシンガポールなどに移している。国際的にも、法人税を下げる租税競争が激化している。

「新しい資本主義」で雇用が失われる
(画像=主要国の法人税率の推移(OECD)、『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)