星野リゾート進出などで注目される大塚。再開発を仕掛ける地元不動産会社に聞く

2020.3.26
BUSINESS
(画像=中央がJR山手線・大塚駅北口に2018年5月に開業した「星野リゾートOMO5 東京大塚」、THE21オンラインより引用)
(画像=中央がJR山手線・大塚駅北口に2018年5月に開業した「星野リゾートOMO5 東京大塚」、THE21オンラインより引用)

大塚駅北口一帯を再開発する「baプロジェクト」とは?

2018年5月、東京・豊島区にあるJR山手線・大塚駅の北口に「星野リゾートOMO5 東京大塚」が開業した。同時に、都電荒川線の線路を挟んだ場所に「東京大塚のれん街」も開業。それまで、隣駅の池袋駅などと比べて地味な印象だった大塚駅前が、にわかに活気づいている。これらの再開発の仕掛人は、大手デベロッパーではなく、実は地元の老舗不動産会社。代表取締役CEOの武藤浩司氏に、大塚駅前を再開発する「ba(ビーエー)プロジェクト」について聞いた。

「インパクトのあるホテルを誘致したい」から始まった

――baプロジェクトは、どのようにして始まったのでしょうか?

武藤 もともとbaプロジェクトという構想があったわけではなくて、新たに組んだ〔株〕竹中工務店の営業担当者と、インバウンド需要もあるし、アクセスも良いので、ホテルを誘致したいという話をしたのが最初です。それも、普通のビジネスホテルではなくて、大塚の街が変わるほどのインパクトがあるホテルを誘致したいと話しました。

大塚の街を変えたいと思ったのは、「どこに住んでいるの?」と聞かれて「大塚」と答えても、誰も知らないような街だったからです。「田町の隣でしょ」と大崎と間違えられたり、池袋のほうだと言うと「あぁ、池袋に住んでるのね」と言われて、「それも違うな」と思ったりする経験を何度もしていました。
 
THE21オンライン
(画像= 「星野リゾートOMO5 東京大塚」が入居するビル「ba01」が建設される前の様子、THE21オンラインより引用)
すると、タイミング良く、星野リゾートが都市型ホテルを始めようとしていて、その場所を探しているようだという情報を入手しました。そこで、その第1号を絶対に大塚に作ってほしいとお願いしました。内装や賃料など、厳しい交渉がありましたが、長期にわたって一緒に手をつないでいきましょうということで、着地点を見出すことができました。

――そのときは、baプロジェクトの一環という位置づけではなかったわけですね。

武藤 baプロジェクトというものは、まったくありませんでした。

星野リゾートに来ていただけることになってから、建物の名前をどうしようかという話になったとき、近くに同じく竹中工務店に建てていただいている賃貸マンションがあったので、星野リゾートのほうを「トマルバ(泊まる場)」、マンションのほうを「スマウバ(住まう場)」と呼ぶのはどうかと発案したんです。そして、これから建てるビルはすべて「〇〇バ」という名前にしようと思ったのですが、やっぱりダサいかも、と考え直して、最終的に「ba」というブランド名にしました。being & associationという意味を持たせています。

そうして、星野リゾートの建物を「ba01」、マンションの建物を「ba03」と名づけたところから、baプロジェクトが始まりました。既存の建物もbaブランドにふさわしいものは改名して、飲食店などが入居している大塚駅北口近くのビルを「ba06」、当社も入居しているオフィスビルを「ba07」としました。

――星野リゾートの進出は、実際に街を変えましたか?

武藤 星野リゾートを誘致したことは豊島区長にも喜んでいただけましたし、大塚駅前の再開発も進んで、思ってもみなかった変化が起きました。大塚駅の乗降客数も増えているそうです。

今は、大塚の街を変えることが自分の使命だと考えるようになりました。当社が動かないと、大塚の街は沈んでいくかもしれない。誇りある街にしていかなくてはならないと思っています。

大塚を「わざわざ駅を降りる街」に

――山口不動産とは、どういう会社なのでしょうか?

武藤 山口家は僕の祖母で13代目という歴史ある家で、もともとこの辺りに広い土地を持っていました。聞いた話では、昔は池袋から巣鴨まで他人の土地を踏まずに行けるほどだったそうです。相続などで分割されて、今、当社が所有しているのは、大塚駅北口駅前の一部の土地だけです。

――武藤さんは、公認会計士として勤めていた監査法人トーマツを辞めて、家業の山口不動産に入社していますね。

武藤 入社のきっかけは、当時の番頭さんが末期がんになったからです。銀行に勤めたあと、資格を取ってトーマツに3年間務めて、会計士補から公認会計士になった頃でした。

――入社したときの御社の経営状況はどうでしたか?

武藤 利益は出ていましたが、財務体質が良いとは言えませんでした。公認会計士なので問題なのはわかっていましたが、番頭さんの代わりになるために入社したとはいえ、いきなり役員にするわけにはいかないということで平社員でしたから、自動販売機にタバコを詰めたりするだけの毎日でした。

番頭さんが亡くなると、やはり役員ではなかったのですが、社長だった祖母の秘書のような形で、財務、経理はすべてを任されるようになりました。その後、私の母が社長になり、僕は役員になりました。社長(CEO)になったのは2018年です。

――星野リゾートの誘致をしていたのは、お母様が社長で、ご自身は役員だったときだということですね。

武藤 そうです。とはいえ実質的に会社を切り盛りしていたのは自分でしたが。

――星野リゾートの進出によって街が変わったということでしたが、会社の事業にも影響はありましたか?

武藤 例えば、ba01(星野リゾートOMO5 東京大塚)とba03(賃貸マンション)の間にあるba02の「東京大塚のれん街」を運営していただいている〔株〕スパイスワークスには、「星野リゾートが来るなら」と興味をもってくださって、引き受けていただけました。

経営状況も改善して、金融機関からの借入もかなり整理できてきました。新たに入社していただける方も増えて、人材も入れ替わりました。

大塚の街を活性化することは、星野リゾートをはじめとするテナントの利益につながり、ひいては当社の利益にもなります。その意味でも、大塚駅を「わざわざ降りる駅」にすることが、当社の仕事だと思っています。

――今後の展開については、どのようなことを考えていますか?

武藤 大手デベロッパーだと、利回りの良いテナントを入れることを最優先に考えるでしょう。けれども、それで魅力的な街ができるわけではないと思います。

当社は規模が小さい同族経営の会社ですから、意思決定が速いのが特長です。それを活かして、極端に言えば、自分たちが「これがあるなら駅を降りたい」という街を作っていきたい。例えば、清澄白河には使われなくなった倉庫を活かしたコーヒー店が多い街というイメージがあるように、エッジの効いた街を作りたいですね。

僕たちがしているのは、紙に描いた街を形にするのではなく、街を作りながら、その意味に街の人たちや自分たちが気づいて、さらに街を作っていく。将来、どんな姿になるのかは、僕にもわかりません。豊島区が掲げているアート・カルチャー都市構想には刺激を受けています。

かつて三業地(花街)として栄えていた大塚に、過去の栄光を取り戻したい。そして、天王洲の街を作っているのは寺田倉庫だと、知っている人は知っているように、大塚の街を作っているのは山口不動産だと知られる存在になりたいと思います。

武藤浩司(むとう・こうじ)
山口不動産〔株〕代表取締役CEO
1979年、東京都生まれ。2002年に東京大学を卒業後、〔株〕三井住友銀行に入行。その後、監査法人トーマツを経て、曽祖父が法人化した山口不動産〔株〕に2008年に入社。2011年、取締役に就任。2018年より現職。(『THE21オンライン』2020年01月15日 公開)

提供元・THE21オンライン

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