「必ずベスト4に入る」と確信できた理由とは?

2011 FIFA女子ワールドカップで、男女を通じて日本サッカー初の優勝。12年のロンドン五輪では銀メダル獲得と偉業を達成してきた名将・佐々木則夫氏。メディアで見せていた柔和な表情の裏には、計算された緻密な指導と大胆に選手を信頼する心が隠されていた。仕事にも通用するチームのモチベーションを高く維持するコツをうかがった。取材・構成 塚田有香

2011年の女子ワールドカップ。PK戦にまでもつれ込んだ決勝戦を制し、劇的な優勝を遂げた「なでしこジャパン」の姿が今でも目に焼きついている人は多いだろう。

以前は決して強豪とは言えなかった日本代表チームを、監督就任から約3年で世界一へ導いたのが佐々木則夫氏だ。あのワールドカップで選手たちが見せたモチベーションの高さと最後まで諦めないメンタルの強さを、どのように育てたのか。

「私が監督に就任してまずやったのは、明確な目標値を設定することと、『君たちならこの目標を達成できる』とメンバーに伝え続けることでした。それまで、なでしこジャパンの世界大会における最高成績はベスト8でしたが、私は『次の北京五輪で必ずベスト4に入る』という目標を掲げたのです。

私には、この目標を達成できると信じる根拠がありました。それ以前になでしこジャパンと似た特長を持つ男子チームで指導した経験があったからです。これらのチームは選手のフィジカルが特に強いわけではありませんでしたが、規律を重んじ、全員が真面目にコツコツと努力しました。

この特長を生かすには、個人の身体能力だけに頼るのではなく、組織的な技術や連携を強化し、チームとして明確な目標値を掲げて、それに向けて全員で成長していくやり方がいいだろう。そう考えて指導した結果、どのチームでも結果を出すことができました。

なでしこジャパンも、フィジカルでは海外の選手に劣るかもしれませんが、誰もが一生懸命に練習し、努力を惜しまない規律あるチームです。だから私は『君たちなら絶対にベスト4に入れる』と伝えると同時に、チームの特長を生かせば強くなると繰り返し言い続けました」

選手たちも最初は半信半疑の様子だった。なぜなら過去の五輪では、いつも予選リーグで敗退していたからだ。

「でも日々の練習やゲームに取り組むうち、その目標に一歩また一歩と近づいている実感が生まれ、励みになっていった。彼女たちも『自分たちはできる』と信じ始めたのがわかりました。

そして私が監督として初めて迎えた公式戦の東アジアサッカー選手権でいきなり初優勝。その半年後には、目標だった北京五輪でベスト4に入りました。それで大きな自信がついたのでしょう。今度は選手たちが『次は世界一になる』と言い出した。

私が彼女たちのマインドを変えたのではなく、彼女たちが自ら変化したのです」

徹底的な準備を象徴するキャプテン・澤のひと言

こうしてなでしこジャパンは、あの11年ワールドカップを迎えた。ところが決勝で対戦したアメリカは、それまでの対戦成績が0勝21敗3分と、日本が一度も勝ったことのない相手。気持ちが萎縮してもおかしくない場面だが、このときも佐々木氏は選手たちに自信を持たせるための手を打っていた。

「実はワールドカップの前に、アメリカと親善試合をしましてね。結果は2戦2敗でしたが、我々はあることに気づいた。アメリカは点を取った直後にトーンダウンし、動きが鈍るクセがあったのです。

だからすでに準備段階で、『先制点を取られるかもしれないが、アメリカは力を抜くから、そのときこそ点を取るチャンスだ』という意識を選手たちと共有できていたし、全員が『先制されてもひるむ必要はない』とわかっていました」

実際に決勝戦では、アメリカに1点を先制された。その瞬間、キャプテンの澤穂希選手は、他の選手たちに「さあ、行こう!」と声をかけている。

「これはつまり、『点を取られたときが、点を取るチャンスだよ』と皆にメッセージを送ったわけです。

だから選手たちの心は折れなかったし、自信を持ち続けられた。そして日本は点を取り返し、引き分けのままPK戦まで持ち込むことができました。

これでわかるように、強いメンタルは『良い準備』から作られます。私たちは親善試合の他にも、世界の強豪を想定して男子チームと試合をしたり、成功したプレーを録画して繰り返し見せたりと、選手に自信をつけるための準備をしてきました。

その過程があるから、澤選手の『さあ、行こう!』というシンプルな言葉が、『わかってるよね、私たちは勝てるんだよ』と皆を鼓舞するメッセージになった。その場の思いつきだけで、選手たちをモチベートできるような魔法の言葉なんてないんですよ」

得意のオヤジギャグは巧妙な作戦だった?

もう一つ、佐々木氏が目指したのは「選手の自主性を尊重したチーム作り」だ。

「野球は一球ごとに監督がサインを出しますが、サッカーは一度ホイッスルが鳴ったら、監督がいちいち指示を出している暇はない。ピッチ上では選手が自分で瞬時に判断して動かなくてはいけません。

だから指示待ちタイプの選手ではダメ。それに、誰かに指示されて動くより、自分で考えてプレーしたほうが楽しいですよね。

でも当初は、『これでいいですか』『これはどうやるんですか』と私に指示を求めに来る選手が多かった。だから選手が自分で判断できる大人のチームにしなければいけないと考えました」

ただし、いきなり選手たちにすべてを任せたわけではない。段階を踏み、監督として必要なサポートをしながら、選手の意識を確実に変えていったのだ。

「サッカーの基本的な戦術を選手たちが把握していなかった初期段階は、5のうち4・5くらいは監督やコーチが指導していました。『ゾーンディフェンスを導入するのはなぜか』『その場合、どのようなプロセスでボールを奪うか』といったことを細かくレクチャーし、選手に実践させていったのです。

1年半ほど経ち、我々が指導したことを選手たちがオートマティックにできるようになった段階で、今度は『5のうち3を選手が考え、2は我々が指示する』と割合を変えました。

ミーティングでも監督やコーチが一方的に話すのではなく、選手同士でディスカッションしながら考えさせました。試合を分析するときも、先に我々が答えを言ってしまうのではなく、まずは選手で話し合いをさせる。それを聞いて、『いいところに気づいたな』『ここは見落としてるぞ』などとアドバイスしながら、さらに選手たちに考えさせます。

これによって選手たちの考える力がつき、一人ひとりのプレーにも積極性が生まれて、チームの力は目に見えて伸びました」

その結果、11年のワールドカップの時点では、監督が指示を出す割合は限りなくゼロに近づいていたという。

「この頃には、私がいなくても試合ができるくらいに選手たちは自主的に動くようになっていました。優勝して帰国後、選手たちとテレビ番組に出たのですが、司会者から『大会中に監督からかけられた言葉で印象に残っているものはなんですか』と聞かれて、誰も思いつかなかったんですよ。

それくらい私が何も言わなくても、あれだけのモチベーションと集中力で試合を回せるようになったのです。

試合前のミーティングでも、私は特に指示は出しません。緊張をほぐすためにダジャレを言うくらいかな(笑)。

でもこれは、あえてバカなことを言っていたんですよ。いつも私の次に話すのはキャプテンの澤選手でしたが、彼女はこういう場では淡々と話すタイプ。だから私がいったん下げておくことで、彼女の言葉が皆に響くのです」

褒め言葉は間接的にさりげなく伝える

とはいえ、選手たちも常にモチベーションを高く維持できるとは限らない。調子が悪くて落ち込んだり、試合で出場機会が与えられずやる気が低下することもあるだろう。しかも佐々木氏にとって、選手たちは年齢の離れた異性。日頃のメンタルケアにはどう対応していたのか。

「女性は男性に比べて繊細でデリケートだと思います。そして私はまったくデリケートじゃない(笑)。だからスタッフの助けを借りることにしました。チームにはコーチやトレーナー、ドクターなど様々なスタッフがいて、選手の心身のケアから生活面の管理、練習中のプレー状況の把握まで、あらゆる面から選手をフォローしています。

だからスタッフを通じて選手たちの情報を教えてもらったり、私からのメッセージを伝えてもらったりするようにしたのです。

例えば、トレーナーに優しくマッサージをしてもらっているときなどは、選手たちもぽろっと本音が出やすいわけです。『ノリオはちゃんと私の良いところをわかっているのかな?』とかね。

その場合、トレーナーから『ここぞというときに試合を決めてくれるのはあなただって、ノリさんはいつも言ってるよ』などと伝えてもらいます。

こういう言葉は、当事者の私が面と向かって言うと白々しいじゃないですか。だからスタッフから言ってもらったほうが、選手も素直に受け入れるようです」

強みを伸ばす指導が弱みも克服させた

また、選手たちとのコミュニケーションでは、「ウィークネス(弱み)ばかりを指摘しないよう心がけてきた」と話す。

「攻撃のセンスはあるのに、守備に苦手意識がある選手がいたとします。この選手に『もっと守備を頑張れ』としつこく弱みばかりを責めると、相手は『この人と一緒にサッカーをしたくない』と思い、こちらをシャットアウトするようになります。

実は私自身、男子のユースを指導していた頃に、まさにそんな失敗をしたことがあります。守備が物足りない選手に『もっと守備をちゃんとやれ』と言い続けたら、その子は練習に来なくなってしまったのです」

この苦い体験から、選手のウィークネスを指摘するのではなく、いいところを評価したうえで、「その長所を最大限に活かすにはどうすればいいか」を伝えるように切り替えた。

「例えば岩渕真奈選手は、まさに攻撃は素晴らしいが守備はなかなか頑張れないタイプでした。そこで私はこう言い続けました。『君のドリブルと攻撃力をもっと活かしたいし、できるだけ長く試合に出てほしい。でもチームプレーで誰か一人が守備を休んでしまうと、君が得意な攻撃にもなかなかつながらない。だから守備も頑張ろう』と。

すると岩渕選手は、全体練習のあとで自分から守備の練習をするようになったのです。長所や強みを認めてあげることが、これほど選手のモチベーションを高めるのかと実感しました」

メンタル管理を誤った忘れられない痛恨の失敗

こうして様々なアプローチで精神的に強いチームを作り上げた佐々木氏。一方で、日本代表チームの監督という自身の立場もまた、強いストレスやプレッシャーにさらされるもの。常に勝つことを求められ、負ければサッカーファンやメディアから集中砲火を浴びる。佐々木氏はどのように自分のメンタルを管理していたのか。

「もちろんプレッシャーはありますし、選手たちは勝たせてやりたい。でも監督が勝ちたいと思いすぎると、冷静な判断ができなくなる。勝ちたいあまりに『あ~、ミスした』『あ~、まずい』とネガティブなことしか考えられなくなり、重要な判断を誤る危険性があります。

これも私には失敗体験があるんですよ。ワールドカップで優勝してから約1カ月後に始まった、ロンドン五輪の予選大会でのことです。選手たちはワールドカップの激戦で疲労が溜まり、コンディションは良くありませんでした。

それでもなんとか三連勝し、これに勝てば五輪出場が決まるという北朝鮮戦で1点を先制したとき、私は『どうしてもこの試合に勝たなければ』と思ってしまった。今ここで出場権を獲得すれば、疲れ切っている選手たちをラクにさせてやれる。

そう考えて、試合終了の15分前からボールキープするように指示を出したのです。ところがこれを聞いた選手たちは、『この1点を絶対に守らなくてはいけない』と思って動揺した。

そして極度の緊張状態になり、大きなミスをして相手にボールを奪われ、同点にされてしまいました。どうにか引き分けましたが、監督が勝利に固執しすぎると選手たちのメンタルに悪い影響を与えることを痛感しました。

だから監督は勝ちたい気持ちを抑えなくてはいけない。勝つことが目標だからこそ、それが重要なのです」

佐々木則夫(ささきのりお)
サッカー日本女子代表監督
1958年生まれ。明治大学卒業後、NTT関東サッカー部でプレー。2007年12月より現職。08年の北京五輪四位、10年アジア大会優勝。11年女子W杯(ドイツ)にてFIFA主催大会で男女を通じ、日本を初優勝に導く。国民栄誉賞を受賞し、12年のロンドン五輪では史上初の銀メダルを獲得。(『THE21オンライン』2020年01月09日 公開)

提供元・THE21オンライン

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