いいアイディアは「書斎や研究室」では生まれない
書斎や研究室に籠もってウンウン唸っていると、いいアイディアが降ってくることがあるのだろうか? これまで圧倒的な量の知的生産を行なってきた野口悠紀雄氏は、決してそうではないと言う。
※本稿は、野口悠紀雄著『AI時代の「超」発想法』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。
歩けばアイディアが出る
「考えが進む環境」「発想が生じやすい環境」とは、どのようなものでしょうか?
大発見の啓示の例には、共通性が見られます。それは、「日常的環境からのわずかなずれ」です。あるいは、集中や緊張からの「わずかな環境の変化」です。
本を読んだり原稿を書いたり、あるいは実験をしたりするのは、書斎や研究室です。しかし、アイディアが生まれる場所は、必ずしもそこではありません。そこを少し離れた場所で得られることが多いのです。
昔から、アイディアが生まれやすい場所として、「三上」ということがいわれてきました。これは、枕上、馬上(または鞍上)、厠上です(北宋の文人政治家・欧陽脩の言葉)。私の場合も、これとほぼ同じであり、散歩、風呂、そしてベッドです。
部屋にこもって同じ姿勢で考え続けるときでなく、息抜きの姿勢に転換したとたんに、インスピレーションが湧くことが多くあります。集中して仕事をした後、机を離れた瞬間に、アイディアが生まれます。姿勢を変えたために考えが別の側面を向き、別の方向から考えることができるのでしょう。
ここから得られる「発想の法則」は、つぎのようなものです。「頭に材料が詰まっていれば、環境が少し変化したところでアイディアが得られる」。
もちろん、重要なのは、環境の変化そのものではなく、それに先だって集中することです。
「無意識の発想」を促進するために、「寝る前に材料を仕込む」という方法も考えられます。寝ている間に熟成して、朝起きたときにアイディアが浮かぶのを期待するわけです。風呂に入る前や散歩の前も、同じです。そのためには、余計な情報に邪魔をされないよう、テレビなどを見ないことが必要です。
ポイント 集中した作業の後に環境が少し変化すると、「啓示」が得られることが多い。
頭を一杯にしてから歩く
「環境のわずかの変化」を実現する手段として、「歩く」ことは、特別有効です。仕事がゆきづまったときに公園を散歩すると、うまい考えが出てきます。散歩は、「疲れ休め」という消極的なものではなく、積極的な活動です。
歩いていると、想念がふと浮かんできたり、また消えたりします。ふと浮かぶのは、目前のものとは無関係なことが多くあります。「控えの間」にいた観念が、浮上するのでしょう。
頭に材料を一杯に詰め込んでから散歩すると、「材料が頭の中で攪拌されて」、発想ができるような気がします。新鮮な空気が脳を活性化するのかもしれません。足の刺激が発想を促進するという説もあります。少なくとも、体を動かすことは、発想にプラスの影響を与えるようです。「歩く」ことは、アイディアを得るための、最も手軽で最も確実な技術です。
古代ギリシャの哲学者プラトンが遊歩しながら弟子に教えた故事から、その弟子アリストテレスの学派は、「逍遥学派」と呼ばれました。ニュートンやアインシュタインも、散歩が好きだったそうです。
ハイデルベルグや京都などの大学町には、「哲学者の小径」があります。大学のキャンパスも、歩くのに適切な環境になっています。こうした環境は、都心のビル街では得がたいでしょう。企業は、森の中の湖のほとりに事務所や研究所を作ったらどうでしょう? アメリカでは、金融機関のオフィスなどで、実際にそうした例が生まれています。
ただし、再度強調しますが、重要なのは散歩の前に頭を材料で一杯にしておくことです。それがなくては、息抜きに終わります。私の経験は、それを強く裏付けます。本の執筆中には、散歩すれば必ずアイディアが出てきます。しかし、集中した仕事をしていないときには、単なる散歩に終わります。頭が空では、いくらゆさぶっても、何も出てこないのです。
ポイント 「頭を材料で一杯にしてから歩く」ことは、発想のための最も確実な技術。アイディアが生まれるのは研究室ではない。
天才は集中した
多くの偉大な業績が、集中を可能とする環境で生まれています。科学的発見に共通する環境を見出すとすれば、答えは、「集中できる環境」ということになるでしょう。
天才の周りにいた人は、しばしば天才の極度の集中振りに当惑しました。『プリンキピア』執筆中のニュートンは、仕事に没頭して、準備された夕食を食べ忘れることが何度もありました。訪ねてきた友人を忘れて仕事に集中したというエピソードもあります。アインシュタインが相対性理論を考えついたときは、2週間書斎にこもりきりで、誰にも会わなかったそうです。「フェルマーの最終定理」の証明に成功したアンドリュー・ワイルズも、自宅の屋根裏にこもり、学会にも出かけませんでした。
数学者カール・フリードリヒ・ガウスがある問題に集中していたとき、医者が「奥さんが2階の寝室で危篤状態だ」と告げました。ガウスは、式から目を離さず、「もう少し待つようにいってくれ。あと少しでこの問題が解けるから」といったそうです。
偉大な業績を残した人の中で非常に多忙だったのは、数学者ジョン・フォン・ノイマンです。ただし、彼は、どんな環境でも驚くべき集中力を発揮できました。彼の妻は、「あなたが仕事に集中すると、象が出てきても気づかないでしょうね」といったそうです。その答えとして、彼は、『ゲーム理論と経済行動』という著書に、象の隠し絵を入れました。
ポイント 天才たちは、驚くべき集中力を発揮して仕事に没頭した。
集中のために手帳を白くせよ
「勉強や研究に集中が必要」とは、誰もが認識していることです。人間のワーキング・メモリーは驚くほど容量が少ないので、それらを当面の仕事に集中させなければ、能率が上がらないのです。
職場でのもめごとや家族の病気などがあると、仕事が進まなくなります。これは、ワーキング・メモリーがそちらに占領されてしまうからでしょう。
ですから、発想のためには、「集中を妨げる要因」をできる限り排除する必要があります。一昔前までは、電話がその最たるものでした。集中を要する仕事に従事するなら、何としても、外からかかってくる電話を防ぐ必要がありました。
メールは、これを解決するかに見えました。仕事が一段落したときに片付ければよいからです。しかし、電話と違って「話し中」にできないのが問題です。しかも、メールを出すのは簡単なため、メール洪水が襲ってくる危険があります。人々は、これに対して驚くほど無防備です。「1日数百通のメールが来る」と自慢している人もいますが、こうした人は、発想とは無関係な環境にいるといわざるをえません。
人間の能力はそれほど高くないので、複数の仕事を同時並行的に進めるのは難しいのです。本を執筆しながら、会議に追い回される日程をこなすなどということは、普通は不可能です。こま切れの仕事に時間を取られ、多くの人と会う生活に明け暮れていては、「発想」はできません。手帳を予定で埋め尽くしている人は、発想とは無縁でしょう。
私は、本を執筆中は、他の仕事をしたくなくなります。時間が取れないということもありますが、思考回路が別の仕事に切り替わらないというのがその理由です。ですから、会合などは、だいぶ前から完全に排除しています。他の人は、「何と忙しい人だろう」と思うでしょうが、実は、手帳は真っ白なのです。
私の手帳が白いのは、重要な仕事をしているときです。手帳に予定がびっしりというのは、重要な仕事を抱えていない時期です。雑誌などに、「有名人の手帳拝見」といった企画があります。予定がびっしりの人を見ると、「この人は、集中を要する仕事をしていないのだなあ」と分かります。
ポイント 人間の能力は限られているから、事務的な仕事に追われていると、発想はできない。発想のためには、集中できる時間を確保する必要がある。
AI時代の「超」発想法
野口悠紀雄(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問) 発売日: 2019年09月18日
アイディアを出せる人材だけが、これからの社会で生き残る! AIに負けないための「知的創造力」の磨き方
野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問/一橋大学名誉教授
1940年、東京都生まれ。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、イェール大学Ph.D(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2011年より現職。著書に、『「超」整理法』(中公新書)、『「超」AI整理法』(KADOKAWA)など、ベストセラー多数。(『THE21オンライン』2019年10月11日 公開)
提供元・THE21オンライン
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