「創造的模倣」が優れたアイディアの鍵だ

「発想」というと独創的なものだと思っている人が多いだろうが、果たして本当にそうだろうか? これまで圧倒的な量の知的生産を行なってきた野口悠紀雄氏は、決してそうではないと言う。

※本稿は、野口悠紀雄著『AI時代の「超」発想法』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。

模倣なくして創造なし

数学の問題を解くとき最も普通に用いられる方法(そして最も強力な方法)は、「この問題は、これまで解いた問題のどれと同じタイプのものか?」と考え、それに当てはめることです。

学校の数学について、この方法が正しいことは明らかです。どんな問題も、基本形の変形か、複数の基本形の組み合わせに還元できます。ですから、どのパターンに当てはめればよいかが分かれば、解けます。

少なくとも、試験問題は、この方法ですべて解けます。考えてみれば、当たり前のことです。1時間や2時間という限られた試験時間内に、全く独創的な方法を生み出すことを求められるはずはないのです。

中学受験の算数の問題は、専門の数学者が見ても厄介なものです。しかし、受験生はスラスラ解いています。これを見ると大人は驚きますが、小学生が解けるのは、問題のパターンを覚えていて、当てはめるからです。全く独自に解法を編み出しているわけではないのです。

したがって、数学の成績を上げるための最も確実な方法は、「数学は独創」という思いこみをやめることです。そして、「数学は定型的パターンの当てはめ」「その意味で、暗記」と割り切ってしまうことです。このような発想の転換ができれば、数学の成績は間違いなく向上します。逆にいうと、「自分が編み出した方法で解かねばならない」とこだわっている限り、数学の成績はよくなりません。

このアドバイスは、逆説的に聞こえるかもしれません。あるいは、「点取り虫の姑息な手段」として、反発する人がいるでしょう。しかし、これは真実なのです。

「数学は自分で解法を編み出さなければならない」と思い込み、「だから数学は難しい」と敬遠したり、余計な苦労をしている人は、実に多いのです。数学教師の最大の義務は、学生をこの固定観念から解放することです。

発想一般に関しても、数学の場合と同じように、過去に成功したパターンに当てはめるのが、最も強力な方法です。しかし、数学の場合と同様、こうした方法を批判する人が多くいます。「パターンに当てはめるだけでは、定型的な思考しかできない。自由に発想しないと創造はできない」というのです。

しかし、発想とは、無から有を生み出すことではありません。既存のアイディアを組み替えることなのです。全く一から創造するということは、普通はないのです。「模倣なくして創造はない」のです。

ポイント  数学の問題は、過去に解いた問題のパターンに当てはめて解く。発想一般についても、これが最も強力な方法。

創造的剽窃行為こそが重要

物理学の方法論も、基本的に同じものです。つまり、「古いアイディアを再利用する」のです。例えば、水素原子の古典的なモデルは、陽子の周りを電子が回るというものです。これは、地球の周りを月が回るモデルを借りてきたものです。相互作用は重力ではなく電磁気力なのですが、このモデルは、水素原子のさまざまな挙動をうまく説明します。

ローレンス・クラウスは、「今世紀における(物理学の)重要な革命のほとんどは、古いアイディアを捨てることによってではなく、何とかそれと折り合おうとした結果得られたものだ」と述べています。

そして、その例として、アルベルト・アインシュタインの相対性理論が、それまでの物理学をできるだけ維持するという立場から作られたことを挙げています。ガリレオ・ガリレイの相対性原理(等速運動する観測者の間で物理法則は同一)とジェームズ・クラーク・マクスウエルの理論(どの観測者にとっても電磁波の伝播速度は同一)を両立させるためには、時間や距離が変化するという考えを持ち出さざるをえなかったのです。

学界の正統的見解に対して「一人ぼっちの反乱」といわれた独創的な説を提示し、1978年にノーベル化学賞を受賞したピーター・ミッチェルは言います。

「一人一人の人間は他の人間の肩の上に立っています。(中略)だから、あまりにオリジナリティを主張するのは間違ったことなのです。(中略)だれ一人として考えていなかったような領域について、何か貢献をするということは考えられません。私はそんな類のアイディアがあるとは思えないのです」

そして、「若い研究者が心がけるべきことは、最小の変革ですむように考えることだ」といいます。

「古いアイディアを剽窃して何にでも使ってみよ」「新しい問題をすでに解決済みの問題に焼き直せ」。クラウスは、これこそ最先端の現代物理学まで連綿と続く物理学の基本的方法論だと断じ、こういいます。

新発見がなされるとき、いつも中心的役割を果たすのは抜本的に新しいアイディアである―こんな言葉を信じている人もいるのではないだろうか。しかし、本当のことをいえば、たいていはその逆なのである。古いアイディアは生き延びて、あいかわらず多くの実りをもたらしてくれることが多い。 (中略)

古いアイディアの焼き直しが毎度のようにうまくいったので、物理学者達はやがてそれに期待するようになった。新しい概念もたまには登場するけれど、その場合でも、既知の知識の枠組みからむりやり押し出されるようにして生まれてきたものにすぎない。物理学が理解可能なのは、まさにこの創造的剽窃行為(creative plagiarism)のおかげである。

ポイント  物理学では、「新しい問題をすでに解決済みの問題に焼き直せ」というのが基本的な方法論。

明かりのあるところを探せ

クラウスは、この立場をさらに推し進め、つぎのように言います。

「暗い夜道で車のキーをなくしたことに気づいた。どこを探せばよいか?」 

これに対する物理学者の答えは、「近くの街灯の下を探せ」というものです。なぜなら、そこで鍵をなくしたかどうかはともかく、見つかりそうな場所はそこしかないからです。

この答えは、一見したところ、いかにも乱暴なものと思えます。しかし、よく考えてみれば、合理的なものです。「もし道具が金ヅチしかなかったら、人はどんなものもクギとして使うだろう」というのと同じことです。クラウスは、「明かりのあるところを探せ」という原則にしたがって、既知の道具を用いることにより解かれた多くの物理的問題を紹介しています。そして、つぎのように言います。

物理学においては、新しいアイディアよりは、使い物になるアイディアの方が重んじられるのである。かくして、過去に役だった概念や定式化、テクニック、“描像”をあれこれいじくっては、山のような新しい状況に適用してみることになる。

つまり、「使えるネタはとことん使え。うまくいったら二匹目のどじょうを狙え」というわけです。

ポイント  暗い夜道で車のキーをなくしたら、近くの街灯の下を探すのが最も合理的。新しい問題を解くには、まず古い方法を使う。

模倣からの脱却

通常は独創的な発想が必要と思われている数学や物理学においても、以上で述べたように、「模倣なくして創造なし」という原則が正しいのです。

ただし、誤解のないように、つぎの2点を注意しておきましょう。

第一に、以上で述べたのは、「成功した方法を模倣する」ということです。何でも模倣すればよいというわけではありません。模倣の対象を誤ってはならないのです。例えば、飛行機は、鳥の模倣を捨てたときに成功しました。飛行する機械を作る際の模倣の対象として、鳥は適切なものではなかったのです。

第二に、「模倣なくして創造なし」とは、「創造に至る出発点が模倣」ということです。模倣だけにとどまっては、進歩がないことは明らかです。

「パターンに当てはめるだけでは、定型的な思考しかできない」という批判に一定の真理が含まれていることは、事実なのです。既存のパターンに束縛されると、自由な発想ができません。多くの問題は定型的パターンの当てはめで解けますが、それに終始しては限界があります。パターンの当てはめと、それからの脱却努力を適切にバランスさせることが必要なのです。ただし、それは、きわめて難しい課題です。

ポイント  模倣の対象を誤ってはならない。また、模倣にとどまっては進歩がない。

AI時代の「超」発想法
野口悠紀雄(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問) 発売日: 2019年09月18日
アイディアを出せる人材だけが、これからの社会で生き残る! AIに負けないための「知的創造力」の磨き方
 

THE21オンライン
(画像=webサイトより/THE21オンライン)

野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問/一橋大学名誉教授
1940年、東京都生まれ。63年、東京大学工学部卒業。64年、大蔵省入省。72年、イェール大学Ph.D(経済学博士号)取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2011年より現職。著書に、『「超」整理法』(中公新書)、『「超」AI整理法』(KADOKAWA)など、ベストセラー多数。(『THE21オンライン』2019年10月09日 公開)

提供元・THE21オンライン

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