優れた経営というと、ヒト、モノ、カネを効率よく使い利益を最大化することをイメージするかもしれない。だが本書は、変化の激しい現代に論理先行の経営手法には限界が見え始めており、必要なのは直感や感性の素養であると説く。従来の論理的な経営手法を「サイエンス」、後者の直感や感性などの素養を必要とする手法を「アート」と位置づけ、ビジネスパーソンが経営や問題解決を行う上で欠かせない「アート」について解説している。(文中敬称略)

『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? ~経営における「アート」と「サイエンス」~』
著者:山口周 
出版社:光文社新書
発売日:2017年7月19日

サイエンス偏重の経営がダメな理由

本書の主張は、日本のビジネスシーンでは論理的、理性的であること(サイエンス)のほうが直感的、感性的であること(アート)よりも高く評価される傾向があるが、企業経営においてはあまりにもサイエンスに依存しているがために失敗を重ねているのではないか、というものだ。

サイエンスの手法では、答えが決まっている問題を解くことはできるが、答えが決まっていない問題を解けない。物事が複雑にからみ合った現代、世の中は答えのない複雑な問題であふれており、サイエンスに加えてアートが必要だというのだ。

ソニーの大ヒット商品であるウォークマンのエピソードが象徴的だ。ソニー創業者の盛田昭夫が特注品のウォークマンを一目で気に入り商品化を決めた一方で、マーケティングによって顧客ニーズを熟知している社員たちは猛反対したという。どちらの判断が正しかったかは言うまでもない。

スティーブ・ジョブズや本田宗一郎もマーケティングは大嫌いだったが、市場を開拓するような革新的な製品を次々に生み出した。彼らはまさにアートの力を存分に発揮して経営を行っていたのだ。

直感や美しさが正解にたどり着くヒントに

アートによる判断は思考をショートカットして結論から考える方法であり、ウォークマンの例のように静的な現状の最適解ではなく、動的で不確実な未来の最適解を導くことができる。そして、素早い意思決定ができることもメリットだ。

プロ将棋棋士の羽生善治氏も、手数の少ない詰め将棋では最初に詰みの局面をイメージして取り組むことで素早く解くことができるという。“美しい手”を指すことが最善手につながるとも話す。限りある時間の中で無限に近い指し手から最善手を見つけるために、このような考え方が必要となるのだろう。不確実性に満ちた現実社会であれば、なおさらアートを疎かにすべきではない。

なお、プロ棋士は大局観のようなアートの能力に加えて、指し手を深く読むというサイエンスの能力も当然フルに使っている。問題解決にはアートとサイエンスをバランスよく使うことが重要なのだ。

アートを学ぶグローバルエリート 人文科学の予算を削減する日本

アートをどのように鍛えるかについて、本書では美術鑑賞や哲学、文学、詩を学ぶことを挙げ、学びの方法や効用について紹介している。人文科学を学ぶことの重要性に気付いたグローバル企業の中には、幹部候補を美術系大学院大学で行われるトレーニングに参加させているところもある。欧米では文系、理系を問わず、最重要科目として哲学が必修の教養として位置づけられている。

一方で、日本の政官財界はこの世界の潮流を理解できていないそうだ。国立大学や私立大学でも人文科学系のコースは削減の方向に進んでいる。大学での人文科学の研究教育は税金の無駄だと主張する人も少なくない。

慶應義塾の塾長を務めた小泉信三は「すぐに役立つ知識はすぐに役に立たなくなる」という言葉を残しているが、今まさに重く受け止められるべき警句であろう。

文・池内雄一(書評ライター)
 

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