AI技術の進展はこの社会に、淘汰される恐怖とチャンスへの期待とが交錯する状況を生み出している。チャンスをつかむ側に回るために求められるのは、変化を先読みする力ではないだろうか。

企業の長期戦略立案のプロであり、先読み力が問われるクイズの世界でも活躍する鈴木貴博氏がGAFAに続く企業は自動車産業から現れると語る。もちろん、日本のトヨタも例外ではない。

※本稿は『THE21』2020年8月号より一部抜粋・編集したものです。

自動車産業の凋落を防ぐことができるか

(写真=THE21オンラインより引用)

トヨタを襲う危機の可能性については、これからの10年間の日本経済へのインパクトを考えると、一番大きなリスク要因だと思います。

本稿では、「予測された未来の変え方」をテーマに、具体的にこのトヨタ危機をどう乗り越えることができるのかを考えてみたいと思います。

トヨタ危機とは実は、すべての自動車関連企業が直面する新しい危機です。我が国の自動車産業が支える242万人の雇用にピンチが訪れることが予測されます。

自動車業界はコネクテッド(C)、自動運転(A)、シェア(S)、EV化(E)という新しいキーワードの下での競争へとルールを変えていくのですが、それがどうやら既存の自動車業界には都合が悪い。むしろ、業界の外様であるIT企業にとって有利な土俵へと変わるのです。

これまで、この新しい2020年代の競争については、アマゾン、グーグルといったアメリカの巨大IT企業が有利なのではないかと言われてきました。しかしコロナで注目を浴びた新しい変化の「芽」があります。それがデジタルチャイナです。

監視?社会的意義?デジタルチャイナの発展

新型コロナ流行を中国で早期に収束させたのが、中国政府が推進しているITを通じた社会発展政策です。都市部に設置された莫大な数のカメラと、その画像ビッグデータを処理できるAIの出現で、細かく社会をコントロールできる新しい中国の姿がここにあります。

コロナで話題になったのは、中国では行動歴の自動判定からQRコードが赤黄緑で表示され、コロナリスクの少ない緑の人しか市内を自由に移動できなくなったこと。

私の知人も、たまたまコロナ陽性になった人と同じ施設にいたことが突き止められて判定が黄色に変更されてしまうなど、とても精密に個人の行動履歴判断が機能しました。中国はそれくらい、デジタルの社会的な利用が進んでいるのです。

日本でもコロナ自粛が広まった際には、スマホのGPS情報をもとに政府が自粛の進み具合をデータで把握して国民に「さらなる我慢を求める」ことが行なわれましたが、中国と比較すれば私たちがやっていることはかなりアナログです。

例えば、休業要請に従わないパチンコ店の店名をネットで公表し、それらの店に逆に客が増える。その一方で自粛警察と呼ばれる市民たちが、電話攻撃やクレーム攻撃でそのお店を非難して休業に追い込む。これがアナログジャパンです。

日本では自粛期間中に、ドラッグストアの店員に心ない言葉を吐く人が社会問題になりました。デジタルチャイナならば、ゴミのポイ捨てや職場でのパワハラ歴、小売店や飲食店でのカスタマーハラスメントなどの非倫理的な行為がすべて監視され、個人のスコアに反映されるようになります。

日本で放置されているSNS上での有名人に対する誹謗中傷問題も、デジタルチャイナならそれ自体が起きないはずです。中国は監視にとどまらず、ITを武器としたさらなる国家の近代化を推し進めています。

道路交通はAIがコントロールし、ゴビ砂漠に建設された巨大太陽光発電所から超高圧送電線網で電力が上海へと送られる。渋滞が激しい都市では、富裕層は一人乗りドローンで空を行き来する。

そんなハイテク世界がお隣の国に出現しようとしています。これは発展するデジタルチャイナの重要な側面であり、自動車産業の未来を示すロードマップでもあります。

トヨタが狙える2つのビジネスチャンスとは

法令と訴訟によってITの発展が監視下におかれるアメリカと違い、中国ではその是非はともかく、新しいテクノロジーの可能性が判明するとまず活用してみたうえで、その後にその利用をどう制限すべきかを国が決める傾向があります。

その結果、自動運転やEV化にとどまらず、社会全体をCASEのキーワードで変えていく動きは、どうやらアメリカよりも中国の方が先行する勢いになってきました。そして中国の動きこそが、自動車業界の未来を変えるビジョンにもなります。

10年後の自動車産業では、グーグルやアマゾンに相当する新たな時価総額100兆円企業が誕生するビジネスチャンスがいくつもあると言われています。その中でトヨタが手にすることができるチャンスは、少なくとも二つは存在します。

一つが、都市交通のコントロールビジネスです。自動車がIoTのパーツとしてネットワークにつながる未来では、鉄道のコントロールセンターが行なっているのと同じレベルで、都市の道路ネットワークの最適化コントロールが可能となります。

ビッグデータをAIが処理する近未来では、信号をリアルタイムで操作していくことで、東京のような大都市の内部でも車による人と物の流れが最適化されていくのです。

そしてこのコントロールと、車が運ぶ人や荷物の情報が加わることで、都市交通のコントロールは都市内部の産業のコントロールタワーへとその姿を進化させます。

10年後の未来に向け、世界の自動車交通ネットワークを誰が管理掌握するかの争いで、それを手にした企業が、運輸網が生み出す経済的な付加価値の大半をコントロールすることができる。これが一つ目のチャンスです。

新しい電力網が世界中に誕生する

もう一つのチャンスは、EV車がネットワーク化されることで誕生する仮想電力網です。太陽光発電のようなクリーンエネルギーとEV車は親和性が高く、それがネットワークとしてつながることで、巨大な電力会社と同等の電力ネットワークが都市内部に誕生します。

車が電力網とコネクテッドされ、消費者は現在のように電力を一方的に購入する立場ではなく、電力のシェアエコノミーが成立するようになる。これが10年後には現実になります。

これは世界的な自動車会社が手にする可能性があるビジネスチャンスであると同時に、ひとたびそのビジネスモデルが確立すれば、グローバルなすべての都市で展開できるグローバル拡張性が高いビジネスチャンスでもあります。

今のところこの二つのビジネスチャンスについては、自動車産業よりも中国やアメリカのIT企業の方が先行しています。どちらのビジネスもIT企業が得意とする消費者や生産者をコネクテッドにするプラットフォーム事業です。

高品質の乗用車を他の追随を許さない低コストで製造するというトヨタの慣れ親しんだ優位性とはルールが異なる世界でありトヨタの苦戦は必至です。にもかかわらず、今のトヨタのCASEへのリソース投入レベルが低いことから、10年後のトヨタの未来が危惧されるというのが私の予測でした。

しかし、トヨタが変わればこのゲームの勝者になれる可能性は、十分にあるのです。「我々は自動車メーカーである」という意識を変えるところから始めなければならないので、これは大変なチャレンジになるわけです。

ただやらなければいけないことがわかっている以上、未来はトヨタにも変えることができるはずです。未来を変えるために必要なことは、環境や前提の変化を認識したうえで、これまでの常識を頭から振り払い、新しい現実を直視することなのです。

最後になりますが、新型コロナによって変化が一つ起きたことで、さらに新しい変化が起き始めています。これが未来予測の面白いところです。予測の前提となる要素がダイナミックに変化していく。ですから予測された未来は決して定まった運命ではない。

そして悪い未来を変えるには、そのような新しい変化の芽に気づき、そこに力を注いで変化を起こすことです。日本がアフターコロナを機会に変えて、今の延長線上にある悪い未来からよりよい未来へと経済や社会を変えていくことができるように、筆者としては強く願っています。

鈴木貴博(経営戦略コンサルタント)
(『THE21オンライン』2020年07月31日 公開)

 

提供元・THE21オンライン

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