突然変異はランダムなイベントではないようです。

ドイツのマック・スプランク研究所(MPI)で行われた研究によれば、DNAに起きる突然変異率は遺伝子ごとに「自然淘汰を受ける前」に既に大きく偏っていることを発見した、とのこと。

これまでの常識では、突然変異はゲノム全体でまんべんなく発生するイベントであり、次の世代に引き継がれるかどうかを決めているのは全て自然淘汰だと考えられていました。

ですが研究者たちがシロイヌナズナの遺伝子を調べたところ、突然変異率がゲノムの場所ごとに既に異なっていると判明。

特に細胞分裂などにかかわる重要な遺伝子においては、他の場所にくらべて突然変異の頻度そのものが3分の1にまで減少していました。

どうやら植物たちは自然淘汰のレース勝負に出る前に、出走者たちを安全パイで固める「えり好み」を行っていたようです。

本研究の成果がシロイヌナズナ以外の他の生物にも普遍的にみられる場合、生物の教科書が書き換わることになるでしょう。

研究内容の詳細は1月12日に『Nature』に掲載されています。

目次
突然変異はランダムに起こるわけではないと判明!
DNAの近くにあるタンパク質が突然変異の頻度を決めている
人間を遺伝変異から守れるようになるが進化も終わる

突然変異はランダムに起こるわけではないと判明!

突然変異はランダムに起こるわけではないと判明!
(画像=突然変異はランダムに起こるわけではないと判明! / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

これまでの生物学の常識では、突然変異はゲノム全体でランダムに起こると信じられていました。

細胞分裂を制御する遺伝子など生物学的に重要な場所では変異がみられにくいことが知られていましたが、それはあくまで自然淘汰の結果であり、変異そのものはどの遺伝子にもまんべんなく起きていると考えられていました。

つまり重要な遺伝子で変異がみられないのは、そのような重要な遺伝子が変異した個体が自然界で死んで子孫を残せていないから、とされていたのです。

そしてこの考え方(突然変異はランダムに起こる)は、現在の進化論において「調べるまでもない常識」とされてきました。

しかし「常識」とされたものの多くにみられるように、詳細な検証と証明は行われていませんでした。

そこで今回、マックス・プランク研究所の研究者たちは、突然変異が本当にゲノム全体に等しい頻度で起きているかを、改めて調べることにしました。

調査にあたって研究者たちは「植物実験界のマウス」ともいうべきシロイヌナズナの400系統のDNAを調べ、100万カ所に及ぶ突然変異を分析しました。

(※動物実験でマウスが多用されているように植物実験ではシロイヌナズナが多用されています)

結果、遺伝子本体は周辺部分にくらべて変異頻度が半分であり、細胞分裂などの重要な遺伝子においては変異頻度が3分の1にまで減っていることを発見しました。

この結果は、突然変異の発生率にそもそもの偏りが存在しており、重要な遺伝子は変異が起こりにくくなっていることを示します。

サイコロを使ったギャンブルに例えるならば、自然淘汰というゲームを行うにあたって植物たちは、特定の目が出やすい(あるいは出にくい)、イカサマサイコロを使っている、ということになります。

重要な遺伝子に変異が起これば生存確率が大きく下がる一方で、奇跡が起これば全く新しい環境に適応することが可能になりますが、どうやら植物はハイリスクな変異(大博打)を避けているようです。

望みの薄い変異に大事な種の運命をゆだねるよりも、安全な線路の上を歩ませたほうが結果的に、生存率が高かったからと考えられます。

しかし、いったい何が突然変異の頻度を決めているのでしょうか?

DNAの近くにあるタンパク質が突然変異の頻度を決めている

突然変異はランダムに起こるわけではないと判明!
(画像=DNAの近くにあるタンパク質が突然変異の頻度を決めている / Credit:国立がん感研究センター、『ナゾロジー』より 引用)

植物が子孫のハイリスクな大博打を規制しているとして、いったいどんな方法が変異率を制御しているのでしょうか?

研究者たちが注目したのは、DNAの周囲にあるタンパク質でした。

細胞の内部でDNAはいくつかのタンパク質に巻き付いた状態で存在しているのですが、変異率が低い部分には、他の部分と異なるタンパク質が存在していることが発見されました。

さらにDNAとタンパク質の関係(エピゲノム)を調べることで、特定の遺伝子に対する突然変異の起きやすさを、高い精度で予測することにも成功します。

人間を遺伝変異から守れるようになるが進化も終わる

突然変異はランダムに起こるわけではないと判明!
(画像=人間を遺伝変異から守れるようになるが進化も終わる / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、突然変異の発生はランダムではなく、ゲノム全体でも起こりやすい場所とそうでない場所が存在することが示されました。

植物たちは自らの進化を、ランダムなサイコロに委ねるのではなく、あらかじめ一定の方向付けがされたサイコロを使って決めていたのです。

進化の方向に一定の指針(大博打をしない)が存在するという結果は、既存の生物学の常識に一部反するものであり、研究結果が正しければ生物の教科書が書き換わることになるでしょう。

また研究者たちは植物たちが変異率を抑制する方法を調べることで、遺伝病などを引き起こす人間の突然変異を抑制する薬が開発可能だと考えています。

さらに遺伝子変異はがん発生とも深く結びついており、変異抑制剤は強力ながん抑制薬にもなると考えられます。

ただ薬によって全ての変異が抑制されるようになった場合、人類の進化はそこで終わります。

変異の拒絶は可能性の拒絶でもあるからです。

突然変異によって難病をわずらう人もいなくなる代償として、突然変異によるスポーツや学問そして芸術の天才も、人類は失うことになるでしょう。


参考文献
Study Challenges Evolutionary Theory That DNA Mutations Are Random

New Evidence Challenges The Idea That Mutations Are Entirely Random

Are Genetic Mutations Really Random? New Findings Suggest Not

元論文
Mutation bias reflects natural selection in Arabidopsis thaliana


提供元・ナゾロジー

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