海外中国メディア「大紀元」を読んでいると、中国共産党政権の新型コロナウイルスへの戦いの凄さには驚くというより、ちょっと怖くなる。中国当局が推進しているコロナ対策は通称「ゼロコロナ」と呼ばれている。数百万人の都市で数人のコロナ感染者が見つかっただけで市当局は即ロックダウン(都市封鎖)を行う。ロックダウンをするか否かで国民と与野党間で激しい議論が飛び出す欧州とは違う。当局の鶴の一声で都市封鎖が素早く実施される。それも中途半端ではない。

「ゼロコロナ」から「ウィズコロナ」へ
(画像=ウィズコロナ時代の夜明けを告げた今年のウィ―ン楽友協会の「ニューイヤーコンサート」風景。無観客だった昨年とは違い、今年は観客が許可された(2022年1月1日、オーストリア国営放送の中継から)、『アゴラ 言論プラットフォーム』より引用)

「大紀元」によると、都市封鎖を実施する市当局関係者は、「息をしている者は外出するな」と市民に呼びかけているという。まだ生きている人間が外をうろつけば、空気感染でウイルスが広がる危険性が出てくるからだ。「まだ生きているならば、家に留まれ」という究極の封鎖だ。外出できる人間はもはや息をしていない人間(死んだ人間)だけということになる。

オーストリアでは過去、4回、ロックダウン(都市封鎖)が行われたが、その場合でも例外事項があった。食糧の買い出し、会社に通う場合、病院看護関連のため、そして「犬と散歩したり、心身の健康を維持するための散歩」は外出できた。24時間外出制限下でもスーパー、薬局、公共の運輸機関、医療関係者は普段通りに働く。オーストリアのロックダウンの例外事項を聞けば、中国国民ならばきっと「それはロックダウンとは呼ばないよ」というだろう。

新型コロナの感染初期の2020年1月31日、ウィーンの国連で在ウィーン国際機関中国政府代表部らの主催で中国武漢の新型コロナウイルスに関するブリーフィングが開かれたことがある。ブリーフィングでは在ウィーン国際機関中国政府代表部の王群(Wang Qun)全権大使が1時間余り、武漢の新型コロナウイルスに関する中国政府の取り組み状況などを説明した。

王群大使は、「中国は国際社会の責任あるパートナーだ。武漢肺炎の対策でも責任を持って取り組んでいる」と強調し、中国の武漢肺炎対策の3点のメリットとして、①重症急性呼吸器症候群(SARS)などの過去の経験、②中国は科学大国、③わが国は社会主義国だから、決定はトップダウンのため、武漢肺炎の対策では迅速に対応できる、と自信あふれる表情で語った。3点目のメリットは換言すれば、中国が共産党政権だから政策を国民に強制できるという意味になる。そのコロナ政策は現在、「ゼロコロナ」政策と呼ばれ、今日まで続けられてきた。

蛇足だが、世界保健機関(WHO)のトップ、テドロス事務局長は2020年1月28日、北京を訪問し、習近平国家主席と会談、そこで中国のトップダウンの決定を称賛し、「中国政府は感染拡大阻止に並外れた措置を取った」「中国は感染封じ込めで新たな基準を作った。他国も見習うべきだ」と賛辞を繰り返したことで、同事務局長は後日、国際社会の笑いものになった(「武漢肺炎対策で中国が誇る『強み』」2020年2月2日参考)。

中国共産党政権の「ゼロコロナ」政策はパンデミックの初期はそれなりの説得力があったが、コロナ感染3年目を迎えた今日、中国のゼロコロナ政策の限界を指摘する声が高まった。2月4日から第24回冬季五輪大会が北京で開催されることもあって、習近平国家元首を筆頭に中国共産党政権はコロナの感染が北京周辺まで接近してきたことで非常に神経質となっている。そのうえデルタ株に代わって、感染力の強いオミクロン株が北京に迫ってきたからだ。

人口1300万人の陝西省西安市では昨年12月23日から都市封鎖が続いている。「大半の市民は食糧不足に苦しんでいる。持病のある市民、妊婦らが相次いで市の医療機関に診療を拒否され、市民の不満が高まっている」(大紀元)という。天津市は12日、市民全員を対象にPCR検査を実施した。同市で8日、オミクロン株の感染者が確認されたことを受けた措置だ。

習近平主席は「ゼロコロナ」政策こそコロナ壊滅の最良の手段と信じているが、欧米諸国ではオミクロン株が席巻して以来、ウィズコロナ政策に対策を変えてきた。国民経済に多大なダメージを与えるロックダウンを実施してもコロナ感染を完全には封鎖できない、という過去の経験に基づいている。幸い、ワクチン接種が広がってきたこともあって、重症化する感染者は減少してきていることも追い風だ。

オミクロン株の蔓延により、中国政府の「ゼロコロナ」政策は経済と社会に深刻なダメージをもたらすだけで、解決にならないという声が高まってきた。「大紀元」によると、米政治リスクの調査会社ユーラシア・グループは3日、今年の「10大リスク」のトップに中国が推進する「ゼロコロナ政策」の失敗を上げている。

オーストリアではここ数日、コロナの新規感染者数が1万5000人を超えた。多くはオミクロン株の感染だ。入院患者や集中治療室のベッド患者数は増えていない。多くは無症状の感染者だ。しかし、感染した以上、隔離しなければならない。感染者に接近した人も自宅で隔離される。その数は30万人を超えてきた。オーストリアの第2都市グラーツの人口より多くの国民が無症状だが、自宅で待機しなければならない。これは大きな経済的ロスだ。

そこで隔離期間を10日から5日に減らす方向で対策が進められてきた。多くのウイルス学者はもはや「ゼロコロナ」「ロックダウン」とは叫ばない。FFP2マスクの着用などコロナ規制を順守しながらワクチンのブースター接種を加速する方向で動き出している(「ロックダウンの風景が変わってきた」2021年11月24日参考)。

ちなみに、安倍晋三元首相はメディアとのインタビューで、「新型コロナを感染法上の分類で季節性インフルエンザと同等の5類として取り扱うべきだ」と提案したという。これはウィズコロナ政策への具体案かもしれない。

新型コロナウイルスの感染防疫の初期は中国の「ゼロコロナ」政策が先行したが、欧米諸国は「ロックダウン」政策から「ウィズコロナ」政策に軸を変えてきている。どちらの政策がコロナ対策で最終的成果を上げるかはまだ分からない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

文・長谷川 良/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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