ネコのヒゲは切ってはいけない、なんて話を聞いたことがあるでしょうか?

ネコに限らず、哺乳類のヒゲは単なる飾りではなく触覚センサーとして機能しています。

しかし、そのメカニズムは実のところ、現在も正確にはわかっていません。

4月1日に科学雑誌『PLoS ComputationalBiology』に発表された新しい研究は、ひげ毛包内の機械的シミュレーションを開発することに成功し、ひげがどうやって物体に触れた感覚を脳に伝えているかの手がかりを発見したと報告しています。

これは動物だけでなく、人間の触覚機能を理解する上でも重要な研究です。

目次
周囲の状況を把握する動物のヒゲ
毛の曲がり具合が毛包内の特定の感覚を刺激する

周囲の状況を把握する動物のヒゲ

哺乳類のひげが触覚として機能する理由が明らかに
(画像=鬱陶しそうに見えても、安易に猫の日ヒゲを切ってはいけないらしい。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

ネコは狭い場所にも巧妙に入り込み、壁やモノにぶつからないよう器用に歩くことができます。

しかし、ネコはヒゲを切られると、途端に平衡感覚を失って周りの壁やモノにぶつかりやすくなってしまいまうんです。

これは彼らのヒゲが、空気の流れや、周囲にある物体に触れた感覚を正確に感じとる機能を持っているため。

しかし、動物のヒゲは昆虫の触角と異なり神経が通っているわけではありません。

では、神経を持たない毛が、どうやって細やかな感触を脳へ伝えているのでしょうか?

ヒゲの根本は、皮膚内の毛包という深いポケットの中にあります。当然ヒゲの触覚は、神経と接しているこの部分を使って脳へ伝達されているはずです。

けれど、毛包内を研究するというのは非常に困難です。

毛包を切り開いて観察しようとすると、毛包内のヒゲの格納状態が変わってしまうため、プロセスを正確に実験で測定できないのです。

そのため、これは長年の謎となっていました。

そこで今回、ノースウエスタン大学の研究チームは、ヒゲが物体に触れたという感覚を毛包内の細胞がどうやって脳へ伝えているか、機械的なシミュレーションを開発することで明らかにしようと試みたのです。

毛の曲がり具合が毛包内の特定の感覚を刺激する

哺乳類のひげが触覚として機能する理由が明らかに
(画像=研究のシミュレーションよる、毛包内のヒゲの変形状態。 / Credit:Northwestern University/Nadina Zweifel、『ナゾロジー』より 引用)

ヒゲのセンサーはすべて毛包の基部に存在しています。

もし、外力を受けてヒゲが曲がった場合、その変形はヒゲを伝って毛包に広がり、特定のセンサーを起動させるはずです。

この感覚細胞と接触するヒゲが、毛包内でどのように変形するかを調べた研究というのは、実はほとんどありません。

この難題をクリアするため、今回の研究では、機械工学や神経科学、連束帯力学などのさまざまな専門家がチームに加わりました。

研究チームを率いたノースウエスタン大学の医用生体工学教授ミトラ・ハートマン氏は「このチームでなければ研究は成功しなかったでしょう」と語っています。

チームを支援した研究者の1人ジョン・ルドニツキ氏は、なんと地質学者です。

彼が提供した知識は、堆積物層や構造プレートの歪みなど地質学的な問題を分析するビーム理論でした。

チームはヒゲの変形が毛包内でどのように感覚細胞と相互作用するか分析するために、地球の構造プレートがぶつかり合う沈み込み帯の歪みを分析する理論を利用したのです。

こうした分析の結果、チームはヒゲの毛包内における特徴的なS型の変形を発見しました。

このヒゲの変形は、モデルによると何かに積極的に触れている場合でも、他の何かに触れられている場合でも同じである可能性が高いことがわかりました。

ネズミなどは、ヒゲを前後に揺らすことで物体の位置を探るウィスキング(whisking)という行動が知られていますが、今回の結果は、そうした実験で役立つ可能性があります。

またヒゲが外力に対して、どのように変形し感覚細胞に機能するかについては、毛包組織の硬さによって3つの仮説がありました。

哺乳類のひげが触覚として機能する理由が明らかに
(画像=ひげの変形、毛包の内側と外側の両方の組織の硬さによって決まり、3つの仮説がある。 / Credit:figshar,Yifu Luo et al.、『ナゾロジー』より 引用)

case1では、毛包組織の外側が硬く、ヒゲは内部で曲がりますが、毛包自体はほとんど動きません。

case2では、毛包内の組織が非常に硬く、加えられた力に応じて毛包全体が動きます。

case3は毛包を取り巻く組織の硬さが、さほど大きくない場合で、ヒゲが曲がると毛包内でヒゲが変形すると同時に、毛包自体も動きます。

今回のシミュレーションでは、case3の状態で、ヒゲの触覚が感覚細胞へ伝達される可能性が示されています。

今回のモデルは、ネズミから収集された実験データを元に開発されていますが、ハートマン氏は、このモデルがすべての哺乳類に当てはまる可能性が高いと考えています。

人間の手などの触覚の研究は、実際かなり難しいもので、まだいろいろなことが明らかになっていません。

しかし、ヒゲの触覚機能はかなり限定的に機能するため、触覚の作用を理解するために、単純化されたモデルが提供でき、今後の触覚研究に役立つと考えられています。


参考文献
Whisker simulation gives insight into mammals’ sense of touch(Northwestern University)

元論文
Constraints on the deformation of the vibrissa within the follicle


提供元・ナゾロジー

【関連記事】
ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功