オーストリアは来月1日を期して新型コロナウイルスへのワクチン接種義務化を施行する予定だが、ここにきてワクチン接種義務化に反対する声が高まる一方、課題も浮かび上がってきた。オミクロン株に感染し、自宅で隔離中のネハンマー首相は義務化法案の「微調整」の必要性を認める一方、「ワクチン接種の義務化は予定通りに実施する」と強調している。欧州で初めて全国民を対象とするワクチン接種義務化法案は現在、オミクロン株による新規感染者の急増と重症化リスクの減少という新しい感染状況に直面しながら、最終コーナーをまわったところだ。

「ワクチン接種義務化法案」の課題
ワクチン接種義務法案を推進するミュックシュタイン保健相(オーストリア保健省公式サイトから)(画像=『アゴラ 言論プラットフォーム』より 引用)

ミュックシュタイン保健相とエットシュタドラー憲法問題担当相が昨年12月9日、記者会見で発表した草案によると、ワクチン接種義務化法案の対象はオーストリアに住む14歳以上の全国民(約770万人)で、例外は妊婦や特別な疾患を有している国民のほか、コロナ感染から回復した国民は6カ月間、ワクチン接種の義務はない。ただし、妊婦の場合、出産後、翌月末からワクチン接種の義務対象に入る。

未接種者は保健省からワクチン接種のリクエストを受ける。必須の予防接種には、最初の予防接種、2回目の予防接種(最初の予防接種から14日以上42日以内)、および3回目の予防接種(事前予防接種後120日以上270日以内)が含まれる。未接種者に対しては3カ月(Inpfstichtage)ごとに600ユーロ(約7700円)の罰金が科せられる。年に2400ユーロ、最高の罰金は年間3600ユーロになる。14歳以上の国民で予防接種を受けていない国民は2月15日、保健当局からワクチン接種の要請を受ける。3月15日以降、ワクチンを受けていない国民は罰金が科せられる。罰則は、地区の行政当局によって発行される。草案によると、罰金によって集められた資金は地元の病院に送られることになっている。

ワクチン接種義務化施行まで1カ月を切った今月、国民の健康保険証を管理する連邦・州の社会保険会社(ELGA会社)が、「技術的な問題があって2月1日からの施行は難しくなった。早くても4月初めからになる。国の予防接種登録簿を介した強制予防接種の技術的実施をカバーするためには時間がかかるからだ」と説明し、政府の「2月からの実施」に疑問を投げかけた。

それだけではない。ワクチン接種義務化に伴う訴訟の増加が予想されることから、裁判所の人材と財源確保の必要性が指摘されてきた。憲法裁判所(VfGH)と行政裁判所(VwGH)だけでも、それぞれ約1万3000件の訴訟が予想されている。裁判所が迅速に一定の時間内に全ての訴訟に対処できるための財源と人材の確保が急務となる。さもなければ、強制予防接種は「罰則(制裁)のないただの法案」に留まり、ワクチン接種の義務化は掛け声で終わってしまうからだ。

政府は、ワクチン強制接種に関する法案で13万3000件の追加の訴訟を予想し、それに伴う追加費用は今年は約1億1250万ユーロ(うち8330万ユーロは人件費)と見積もっている。罰金に対する上訴は他の訴訟より優先して取り扱わなければならないから、地方行政裁判所の負担は大きくなる。連邦行政裁判所へのワクチン接種による損害訴訟だけでなく、多数の労働法手続きも予想され、最高裁判所は何千もの苦情に対応することになる。ワクチン接種義務化法案は新しいウイルスの変異株、新しい薬、新しいワクチンなどの変更が生じた場合、法案の見直し、合憲性をチェックする必要が出てくる、といった具合だ。

法案は評価期間の終了後、保健省によって発表される。1月17日には同案は厚生委員会で議論され、専門家のヒアリングが行われる。そして来週の終わりには、国民議会の定例会議で法律は可決される。2月3日、連邦議会が承認した後、強制予防接種法案は2月4日から施行されることになる。その前に、ELGAの発表を踏まえ、4月までに強制予防接種が技術的および組織的にどのように処理されるかを明確にする必要がある。ミュックシュタイン保健相によると、法案の施行までの過渡期間、違法に対して制裁を科することはできるという。

ちなみに、ワクチン接種義務化法案に真っ向から反対しているのは極右政党「自由党」だけだ。同党のキックル党首は、「法案の変更は望んでいない。法案の放棄を願うだけだ。強制予防接種法の拒否だけがわが国の憲法上の状態を回復することができる」と主張している。また、連邦商工会議所は、「ワクチン接種の義務化はあくまでも最後の手段(Ultima Ratio)だ。願わくば延期されることを願っている」という。

オーストリアでは11日からコロナ規制の遵守監視を強化する一方、外でも他者との間で2メートルの距離が取れない場合、FFP2マスクの着用が義務化された。政府は「5度目のロックダウン(都市封鎖)を回避するためにコロナ規制を守り、ワクチン接種を行ってほしい」と国民にアピールしている。同国では12日、新規感染者数は1万7000人を超え過去最多を更新した。

文・長谷川 良

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年1月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

文・長谷川 良/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

【関連記事】
「お金くばりおじさん」を批判する「何もしないおじさん」
大人の発達障害検査をしに行った時の話
反原発国はオーストリアに続け?
SNSが「凶器」となった歴史:『炎上するバカさせるバカ』
強迫的に縁起をかついではいませんか?