騒がしい人混みの中であっても、人間は自分の名前には即座に反応します。
この誰もが持つ「不思議な能力」は、雑多な情報をフィルタリングして、自身にかかわる内容を抽出・結合させる、特殊なフィルタリング(自己バイアス)によってうみだされます。
しかし自己バイアスがかかるのは聞き取りだけではありません。
1月18日に『Journal of Neuroscience』に掲載された研究によれば、脳の前頭葉には自分にかかわる情報を覚えやすくする別の自己バイアスをかける機能があるとのこと。
自分のことだと認識していた情報は、他者に関する情報よりも正確に記憶されていたのです。
誰でも身に覚えのある事実ではありますが、今回の研究のメインは別にあります。
研究者たちは人間の被験者の脳に直流電気を流すことで、この自己バイアスを解除することに成功したのです。
自己バイアスを狂わされた人間は、どうなってしまうのでしょうか?
自分にかかわる情報には前頭葉で自己バイアスがかかる
人間は自分にかかわる情報には敏感です。
自己バイアスによって「自分」と関係があるとされた情報は、ワーキングメモリ(一時的な記憶)に強く残ると考えられているからです。
しかしながら、この自己バイアス機能が脳のどの領域で行われているかは、あまり知られていませんでした。
そこで研究者たちは自己バイアスの根拠地を調べるために「MRI」によって脳の活性度を測定することを思いつきます。
被験者たちはMRI内部で、地図上に示された自分自身とされた点と、実際の友人の名前を元にした点、そして全く知らない他人を示した点の場所を覚えるように指示され、その後どの程度覚えているかをテストされました。
結果、自分自身とされた点についての記憶が形成されるときには、前頭葉にある腹内側前頭前野(略称 : VMPFC)が大きく活性化しており、最も速い反応につながりました。
またVMPFCとワーキングメモリの活動同期が多いほど、さらに応答時間の迅速化がみられました。
一方、興味深いことに、全く知らない他人に対する脳の活性度は、意味のない点よりも低くなりました。
この結果は、人間が「自分と無関係な人間」に対しては冷酷ともとれる、マイナスのバイアスをかけている可能性を示唆します。
ですが今回の研究で最も興味深い点は、この後に行われた記憶力の操作実験にありました。
頭に電流を流して自己バイアスを操作する
今回の研究ではまず、自己にかかわる情報へのバイアスが前頭葉にあるVMPFCで起きていることが判明しました。
すると、次に研究者たちは、VMPFCに興奮性と抑制性の直流電流(経頭蓋直流刺激)を流すことにしました。
脳の機能は全て脳細胞を流れる電流によって形成されるために、外部からの電気的な影響によって性能を変化させられると考えたからです。
実験を行った結果、VMPFCへの抑制性刺激は、自己バイアス機能を排除できることがわかりました。
記憶の形成時に直流電流を流された被験者たちの脳は、マップ上に自分だと示された点に対して、まるで他人のような反応を示したていたのです。
無意識の操作が可能になった
今回の研究により、自分にかかわる情報との結びつきを行う脳回路の場所がわかりました。
人間は自分にかかわる情報を無意識に「えり好み」して記憶する一方で、全くの他人に対してはベースライン以下のバイアスを持っているようです。
またこの無意識のえり好み回路を抑制することで、自分にかかわる情報との結びつきを解除できることもわかりました。
ただ自己バイアスを含む認知バイアス(認知のかたより)の制御は危険な一面も持っています。
認知バイアスは意識が感知できない無意識の領域に存在するために、人為的に変更されたとしても、ターゲットとなった人間が気付くことは難しいからです。
もしかしたら将来の知能犯は、名探偵でも気づけない人間の認知のすり替えを犯行の隠匿に使ってくるかもしれませんね。
参考文献
eurekalert
提供元・ナゾロジー
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