宇宙開発が進展する今、十数年以内の火星への有人ミッションが現実味を帯びています。
それまでに解決すべき問題はいくつもありますが、そのひとつが「宇宙空間での外科手術」です。
今年はじめ、ISS(国際宇宙ステーション)滞在中のクルーが、命にかかわる血栓を首もとに発症したと報告されました。投薬治療で最悪の事態は逃れましたが、宇宙空間での手術が必須になる日は近いでしょう。
しかし、火星への有人飛行ともなると、宇宙での外科手術はより困難を究めるのです。
火星ミッションでは2.4年ごとに1回の手術が必要になる
ISSは、地球から約400キロの地点を周回しています。クルーの健康に問題が生じた際は、地上とリアルタイムで通信しながら、クルーの容体の安定に努め、その後、地球に搬送するという手順が取られます。
ところが、火星は地球から約5460万キロも離れています。この場合、地球に戻るには(滞在地点によって)数ヶ月〜数年を要するため、ISSと同じ対処はできません。
地球との通信も20分以上のタイムラグがあるため、地上のアドバイスを活用するのは困難です。そこで、宇宙および火星での緊急手術が必要になるでしょう。
専門家によると、7人のクルーで火星ミッションを行う場合、平均して2.4年ごとに1回の外科手術が必要になるそうです。主な病因は、外傷、虫垂炎、胆のう炎、ガンが考えられています。
宇宙では身体の状態が変わる
もちろん、宇宙での手術をなるべく回避できるよう、選抜されたクルーは健康状態をこと細かくチェックされます。ところが、宇宙では健康なクルーの身体も地上とは変わってしまうのです。
例えば、心拍数や血圧は変化しますし、血液循環に異変が起きて、骨や筋肉が弱ります。また、宇宙滞在中のクルーは感染症にかかりやすくなるため、外科手術に耐えうる体力面を整えるのも一苦労です。
これに加え、宇宙の微小重力、船内や宇宙スーツの密閉された加圧空間、火星および宇宙空間の放射線など、クルーの身体に負担をかける点は尽きません。
健康なクルーでも、宇宙では体調が急変する可能性があるのです。
手術中に血液や腸が浮遊する?
一番の争点となる「微小重力下での外科手術」は不可能ではありません。実際、ラットを用いた外科手術はすでに成功しています。
問題は、皮膚切開に当たって、体内の腸や血液が浮遊してしまい、術者の視界が不明瞭になることです。浮遊する血液は、器具や術者に付着して、衛生面も悪化させます。
ラットより大きな人となると、その影響はもっと大きくなるでしょう。
そのため、微小重力下での手術は、できるだけ小さい皮膚切開に留め、そこから小型カメラや特殊な器具を用いる「低侵襲手術(Minimally Invasive Surgery)」が適当と思われます。
また、器具が飛んでいかないよう、それらを磁化させて手術台に固定する方法も検討されています。
「3Dプリンター」や「手術用ロボット」は有効か?
加えて、火星への処女飛行では、船内に持ち込める器具・機材の数が限られるでしょう。そこで専門家たちは、火星で得られた資源をもとに、3Dプリンターを使って手術に必要な器具を作るという方法を模索しています。
すでに、メスや鉗子、スカルペルハンドルなどが3Dプリントで作成され、実際に使用可能であることが証明されています。ただし、火星の資材をいかに使うかは検討中です。
これとは別に、手術用ロボットの開発も進んでいます。
NASAの研究チームは現在、遠隔操作でコントロールできる手術用ロボットの改良に取り組んでおり、すでに擬似身体から胆のうと腎臓の結石の除去に成功しています。
しかし、ここでも地球と火星のタイムラグが障害となり、地上からの遠隔操作はうまく機能しないでしょう。理想としては、ロボットが自律的に手術を行うことですが、故障や不具合が起きた場合、クルーの命に保証はありません。
また、ロボットの手術を受けるのも、メンタル面で不安と抵抗があるはずです。
こうした手術問題を解決しない限り、深宇宙への探索もお預けになるかもしれません。
reference: theconversation / written by くらのすけ
提供元・ナゾロジー
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