point
- プラシーボ効果は患者が偽薬と知っていた場合でも、感情的な苦痛を和らげる効果があるとわかった
- この研究では、感情的苦痛の減少を脳波から測定し、客観的に有意な証拠が得られている
- この発見は非欺瞞的プラシーボが単なる反応バイアスではなく、本物の心理生物学的効果だと証明している
「全てのものは毒であり、毒でないものなど存在しない。その服用量が毒と薬を区別する」
これは毒性学の父と呼ばれる中世ヨーロッパの錬金術師パラケルススの言葉です。
毒と薬は基本的には区別がありません。体に有益に働くギリギリのラインで毒を飲んでいるのが薬物治療だと言えます。
よって医師は余計な投薬は控えようするのが一般的です。しかし、症状がなかなか改善されないと、薬の量が少ないんじゃないかと不安に感じる患者もいます。
そこで利用されるのが偽薬です。「この薬はよく効きますよ」と言って偽薬を処方することで、体に害を及ぼすことなく、安全に最低容量の薬物治療が行えるのです。
このような、薬としての効果をまったく持たない無害な偽薬を使って得られる効果をプラシーボ効果(あるいはプラセボ効果)と呼びます。
プラシーボは心理的な効果が強く、患者に安心感をもたせることが主な目的です。
ただプラシーボ効果を使った治療には倫理的な問題がつきまといます。効きますよ、と言って偽薬を渡すわけですから、やっていること自体は詐欺と変わりません。
そこで「偽りのない」プラシーボ(非欺瞞的プラシーボ)を用いた試みが研究され始めています。
そして、新たに発表された研究は、プラシーボ効果の意味をきちんと説明し信用が得られれば、服用している薬が偽薬だとわかっていても十分な効果が得られるという事実を発見したのです。
偽物とわかっていても効果があるとは、どういうことなのでしょうか?
プラシーボ効果の目的
偽薬には主にデンプンや、若干の甘みがあるだけの無害な物質グリシンが使われます。薬としての効果は皆無です。
しかし、この偽薬を効果的な薬と思い込んで飲んだ人たちは症状が良くなった、という報告を述べることがほとんどです。
これがプラシーボ効果です。
このプラシーボ効果は主に新薬の開発で利用されます。
新薬に本当に効果があるかどうかを調べるために、新薬と偽薬を使った対照実験を行い、プラシーボ効果を大きく上回るはっきりした効果が認められない場合は、販売中止になったりするのです。
そんなわけで、プラシーボは明確に何かを治療するという目的で使われるものではありません。あくまで患者を安心させ不安を取り除くことが主な目的なのです。
これは特に不眠や下痢などの不安を原因とした症状の緩和に効果的だとされています。
通常プラセボ効果を利用する場合、医師は患者に対して偽薬を効果的な薬だと偽って処方します。医師と患者の間で信頼関係がより良く築かれているほど、プラシーボは優位に効果を発揮すると言われています。
しかし、信頼してるの偽薬を渡されるというのは、効果があったとしてもなんだかモヤッとした気分になるのも確かです。
偽りのないプラシーボ効果実験
今回研究されたのは、予めこれは効果のない偽薬ですということを宣言した上で、プラシーボ効果を確かめる実験です。
それでも効果があるならば、医師はもう患者に嘘を言わなくても良くなります。
研究チームは被験者に苦痛を感じるような画像を40枚程度(うち10枚は普通の画像)を見てもらい、どの程度精神的に苦痛だったかを9段階で評価してもらいました。
被験者は無作為に2つのグループにわけられ、偽りのないプラシーボ班には、プラシーボ効果について解説を行い、次に生理食塩水の無害な点鼻薬を鼻腔にスプレーしてもらいました。
ここで、研究者は被験者に点鼻薬は何の有効成分も含まない偽薬ですが、プラシーボ効果を信用すれば精神的苦痛を和らげる効力があります、と説明しました。
もう1つのグループにも、同じように生理食塩水の点鼻薬を与えますが、こちらは実験の記録を取りやすくするためのものだというだけの説明で済ませました。
この2つのグループにネガティブな画像を見せるとネガティブの段階評価は、偽りのない偽薬グループで低下しました。
この結果では偽物であることを説明した上で偽薬を服用しても、プラシーボ効果があるということが言えそうです。
しかし、重要なのは2つ目の実験です。
1つ目の実験のようなアンケート方式の評価実験では、被験者の経験などから評価に生じる誤差(反応バイアス)が関係している場合もあり必ずしも正確な調査とは言えません。
そこで2つ目の実験では同じ内容を、被験者の脳波を測定しながら行ったのです。
ここでは感情が振幅に影響するとされる後期陽性電位(late positive potential: LPP)がチェックされました。
するとここでも1つ目の実験同様、偽りのない偽薬グループの脳は振幅が有意に減少していたのです。
つまり、プラシーボ効果を理解した上でその効果を信用して偽薬を用いた場合、精神的苦痛が減少しているという事実が客観的な測定値からも確認できたのです。
信じる者は救われる?
今回の実験から即座に治療法を変えるというわけにはいきません。まだまだ多くの研究が必要になるでしょう。
しかし、プラシーボ効果は単純に患者を騙すことが必要な問題ではなかったことが、今回の研究から明らかになりました。
「プラシーボ効果とはすべて精神に関わるものです」と、今回の研究チームの1人ミシガン州立大学の心理学者Jason S. Moser氏はいいます。
重要なのは効果を信用するということです。患者を助けるためには、多くの薬を処方するよりも偽薬が役立つ可能性があるということをきちんと伝え、その効果を信じることができれば患者を騙す必要はないのです。
「騙されたと思って食べてみて」なんて言われることがありますが、プラシーボ効果の場合これは実際ちゃんと意味のあるセリフになるようです。
この研究は、米国ミシガン州立大学の研究者Darwin A. Guevarra氏を筆頭とした研究チームより発表され、論文はオンライン学術誌『Nature Communications』に7月29日付けで掲載されています。
Placebos without deception reduce self-report and neural measures of emotional distress
reference: sciencealert,medicalxpress/ written by KAIN
提供元・ナゾロジー
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