未来の抗うつ薬は点鼻薬が主力かもしれません。

日本の東京理科大で行われた研究によれば、改良された抗うつ剤を点鼻薬でマウスに投与したところ、うつ状態がわずか20分で解消された可能性がある、とのこと。

研究で用いられた抗うつ薬は本来、脳内に直接投与するタイプのものでしたが、改良によって鼻粘膜への投与でも同じ効果を得られるようになったようです。

研究内容の詳細は『Journal of Controlled Release』に掲載されています。

目次

  1. 鼻から脳へ届く点鼻薬型の抗うつ薬を開発
  2. 水責めでマウスを強制的に「うつ状態」にする
  3. 難治性うつ病が20分で治る未来が来るかもしれない

鼻から脳へ届く点鼻薬型の抗うつ薬を開発

マウスの「うつ状態を20分で治す点鼻薬」が開発される
(画像=鼻から脳へ届く点鼻薬型の抗うつ薬を開発 / Credirt:東京理科大学、『ナゾロジー』より 引用)

うつ病において通常の薬物治療の効果がない人々の割合は30%に達すると言われています。

しかし、そのような難治性うつ病であっても、頭蓋骨に穴を開けて、脳に直接抗うつ薬を届けると、目覚ましい効果を発揮する場合があります。

ただ、頭蓋骨に穴を開けることに少なくないリスクが存在します。

そこで今回、東京理科大学の研究者たちは鼻の粘膜の98%を占める部分(呼吸上皮)をターゲットにした、新たな点鼻薬型の抗うつ薬を開発することにしました。

鼻と脳の神経の間には、薬の送達を妨害する障壁(脳関門)が存在しないため、薬の成分を直接届けることが可能になります。

点鼻薬にする候補として選ばれたのは、グルカゴン(GLP-2)と呼ばれる神経ペプチドです。

GLP-2を脳内に投与すると、通常の抗うつ薬では効果がなかった難治性うつ病患者であっても、治療効果が得られることが知られています。

ただ残念なことに、GLP-2をそのまま鼻粘膜に投与しても、大きな効果は得られません。

原因はGLP-2が鼻粘膜から吸収されにくく、また吸収されたとしても細胞内で分解されてしまうためでした。

そこで東京理科大学の研究者たちはGLP-2に細胞への浸透性を高める「剣(細胞透過性ペプチド)」と分解を防ぐ「盾(浸透加速配列)」を与えた新薬を開発します。

問題は、効果を確かめる方法でした。

抗うつ病薬の効果を確かめるにはまず、うつ状態の動物が必要だからです。

水責めでマウスを強制的に「うつ状態」にする

マウスの「うつ状態を20分で治す点鼻薬」が開発される
(画像=一般的な強制水泳テストの例。水深は尻尾が水槽の底につかない深さになっている / Credit:PETA、『ナゾロジー』より 引用)

いかにして改良されたGLP-2の効果を確かめるか?

研究者たちが選んだのは、強制的にうつ状態にさせられたマウスでした。

多くの研究ではマウスをうつ状態にする場合、強いマウスに弱いマウスをいじめさせる「慢性社会的敗北ストレス」を利用しています。

ですか今回の研究で用いられた方法は一種の水責めとも言うべき「強制水泳」でした。

一般的に行われている強制水泳試験ではまず、マウスをどこにもよじ登れる所がない水槽に落とします。

するとマウスは最初、なんとか脱出しようと必死に泳ぎますが、やがて絶望して「うつ状態」に陥ります。

その後マウスは人間によって救出されまずが、休憩時間を置いて再び水槽に落とされます。

この時、うつ状態が強いマウスほど泳ぎ諦めるのが早く、水面から鼻だけを出したまま「無動状態」になる時間が長くなります。

逆にうつ状態が弱いマウスは生きる気力が残っており、全体に占める無動状態の比率が減ります。

研究者たちは1度目の強制水泳によって、うつ状態に陥ったマウスの鼻粘膜に、改良されたGLP-2を投与して、2度目の強制水泳の「無動状態」の時間を測定しました。

改良されたGLP-2にどんな効果があったのか?

結果、改良されたGLP-2を鼻粘膜に投与されたマウスは、わずか20分ほどでうつ状態から脱却していることが判明しました。

この20分という極めて高い即効性は、通常のGLP-2を脳内へ直接投与した場合に匹敵するものです。

難治性うつ病が20分で治る未来が来るかもしれない

マウスの「うつ状態を20分で治す点鼻薬」が開発される
(画像=一般的な強制水泳テストの風景 / Credit:Pmda、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、鼻の粘膜をターゲットにした即効性の高い抗うつ薬が開発されました。

通常の抗うつ薬が効果が現れるまでには数カ月がかかる一方で、改良されたGLP-2はマウスの鼻粘膜に投与後、わずか20分で抗うつ効果をあらわしました。

新たに「剣(細胞透過性ペプチド)」と「盾(浸透加速配列)」を与えられたGLP2は鼻粘膜から吸収されると、脳と鼻を結ぶ神経を登って脳内に到達し、抗うつ効果を発揮させたのです。

同様の効き目が人間にもある場合、将来的には点鼻薬型の抗うつ薬が治療の主力になるかもしれません。


参考文献 On the Nose: Scientists Optimize Intranasal Anti-Depressant Drug Delivery to the Brain

元論文 Usefulness of cell-penetrating peptides and penetration accelerating sequence for nose-to-brain delivery of glucagon-like peptide-2


提供元・ナゾロジー

【関連記事】
ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功