エネルギーとして得るものが何もなく、乾燥して細胞を維持することさえ困難な環境にも数多くのバクテリアが存在しています。

彼らはいったいどうやって生きるためのエネルギーを得て、細胞を維持しているのでしょうか?

南アフリカのプレトリア大学(UP)の研究チームは、東南極の凍土に潜む451種類のバクテリアを調査し、そのほとんどが空気中の水素を燃料とし、副産物として水を生成していることを明らかにしました。

また遺伝子解析から、これらの細菌は10億年前にこのような形態に分岐したこともわかったといいます。

人間が水素をエネルギー源として活用し始めたのはつい最近のことですが、南極に住むバクテリアは10億年前からそれをしていたようです。

研究の詳細は、11月9日付で科学雑誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載されています。

目次

  1. 極限の環境で生きる微生物
  2. 霞を食べて生きる微生物たち
  3. 水がない環境でも生命が生存できる可能性

極限の環境で生きる微生物

極寒の南極で「空気中の水素をエサにして生きるバクテリア」を発見
(画像=調査が行われた南極の凍土。乾燥して水分はなく冬は一日日が当たらないため草木一本存在しない。 / Credit:Ian Hogg/theconversation,Antarctic bacteria live on air and make their own water using hydrogen as fuel(2021)、『ナゾロジー』より引用)

今回調査が行われたのは、東南極にあるマッケイ氷河の北にある氷のない砂漠の土壌です。

ここは常に気温がゼロ未満であり、冬は一日真っ暗で日が差しません。

極寒の大気が土壌の水分を奪ってしまうため、非常に乾燥していて高等な植物や動物が生きることはまず不可能な地域です。

しかし、そんな過酷な環境であるにも関わらず、この場所では1グラムの土壌から数百種類もの細菌を見つけることができ、彼らはそこで独特で多様な生態系を作って繁栄しています。

これらの微生物群は、なぜこんな環境でも暮らしていくことができるのでしょうか?

これを明らかにするため、今回の研究チームは南極の凍土に潜む451種類のバクテリアの調査を行いました。

すると、土壌細菌の4分の1以上が、RuBisCO(ルビスコ)と呼ばれる酵素を生成することを発見しました。

ルビスコは、植物が光合成によって、空気中の二酸化炭素を有機物に変換する際に重要な役割を果たす酵素です。

つまり光合成するために重要な酵素ですが、南極凍土に潜むバクテリアの99%は、太陽光に適切に当たることができないことがわかりました。

光がなければ光合成はできません。

そこで彼らは光合成の代わりに、化学合成というプロセスを行っていたのです。

霞を食べて生きる微生物たち

極寒の南極で「空気中の水素をエサにして生きるバクテリア」を発見
(画像=水素は空気中に極わずかしか含まれないが、微生物たちに無尽蔵のエネルギー源を供給していた / Credit:Ian Hogg/theconversation,Antarctic bacteria live on air and make their own water using hydrogen as fuel(2021)、『ナゾロジー』より引用)

化学合成では、二酸化炭素を有機物に変換するために、光ではなく水素やメタン、一酸化炭素などの無機化合物を使用します。

調査された南極の土壌細菌の約1%はメタンを利用しており、約30%が一酸化炭素を利用することができました。

しかし、もっとも注目すべきは、南極の土壌細菌の90%が空気から水素を取り出して利用している可能性があったことです。

空気中に含まれる元素の多くは、窒素、酸素、二酸化炭素ですが、微量ながらエネルギー源となる水素やメタン、一酸化炭素も含まれています。

これは本当にわずかな低濃度ですが、空気は地球上で非常に豊富なため、微生物にとっては事実上無制限にエネルギー源が供給されている状況なのです。

バクテリアは、こうした空気中の水素などを、非常に遅い燃焼プロセスによって酵素と組み合わせ、エネルギーを獲得していました。

チームによる実験では、バクテリアは-20℃の環境でも、大気中の水素を消費して、生きるために十分な量のエネルギーを生成できることが示されました。

さらにこの化学合成は、微生物のコミュニティ全体を維持するために十分な有機炭素を提供している可能性がありました。

つまり他のバクテリアは、水素を動力源とする一部のバクテリアの生成し細胞から滲み出した勇気炭素を食べることで、生きながらえていたのです。

そして、水素をエネルギー源にすることには、もう1つのメリットがありました。

それは、副産物として水が生成されることです。

水がない環境でも生命が生存できる可能性

南極は低温のために周囲はほぼ永久に凍結していて、土壌に含まれる水分は乾燥した冷たい空気が奪っていってしまうため、非常に乾燥しています。

そんな冷たく乾燥した砂漠では、微生物たちは細胞を維持することができません。

しかし、彼らは水素から水を生成するバクテリアがいることによって、何百万年もの間、この環境で存在し続けることができたのです。

チームの計算によると、この水素を使った化学合成で水が生産される速度は、わずか2週間で南極のすべての微生物たちを潤すのに十分だったとのこと。

つまり、この水素を動力とするバクテリアは、エネルギーと有機炭素、水分補給という1石3鳥の活躍をしていたのです。

水素は宇宙においてはもっともありふれた元素です。

極寒の南極で「空気中の水素をエサにして生きるバクテリア」を発見
(画像=たとえ水のない宇宙の極限環境でも、微生物は水素があれば存在できるかもしれない / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

たとえ南極のような極地であっても、宇宙ではここより快適な環境を用意することは困難でしょうが、これは地球外でも微生物は水素を消費して安定した暮らしを実現できる可能性を示しています。

今回の事例は、バクテリアが文字通り霞を食べて生活し、さらに水まで得ている証拠です。

宇宙で生命の痕跡を追う場合は、水の有無が重要な要因と考えられていますが、実際は水素だけで十分な可能性もあるようです。


参考文献

Antarctic bacteria live on air and make their own water using hydrogen as fuel

元論文

Multiple energy sources and metabolic strategies sustain microbial diversity in Antarctic desert soils


提供元・ナゾロジー

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