宇宙空間では、太陽や銀河から届く放射線(宇宙線)が飛び交っています。

そのため、宇宙空間に長期滞在する宇宙飛行士たちは、それらの放射線から守られなければいけません。

アメリカ・ノースカロライナ科学数学学校(NCSSM)に所属するグラハム・シャンク氏ら研究チームは、放射線を防ぐ特殊な菌類について報告しました。

遠い将来、宇宙飛行士を守る「生きたシールド」を形成できるかもしれません。

研究の詳細は11月4日付のプレプリントサーバー『BioRxiv』に掲載されました。

目次

  1. 宇宙飛行士を放射線から守るシールド
  2. 放射線を遮断し、エネルギーにして成長する真菌
  3. 真菌の放射線シールドの実用化は遠い

宇宙飛行士を放射線から守るシールド

放射線で成長するクロカビが「生きたシールド」として宇宙飛行士を守る
(画像=地球は磁気圏によって放射線から守られている / Credit:Depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

地球では、強力な磁気圏がシールドとなって宇宙放射線を防いでくれています。

また地球から408km離れた国際宇宙ステーション(ISS)は高レベルの放射線を受けているものの、地球のシールドからある程度の恩恵を受けています。

そのため宇宙飛行士たちは、最大1年間ISSに留まれるようです。

しかし、月や火星を目指す宇宙飛行士たちは、放射線の影響をすべて受けることになります。

高レベルの被ばくが続くなら、白内障やがん、その他さまざまな病気を引き起こしてしまう恐れがあるのです。

したがって彼らは、放射線を遮断するシールドを地球から持ち込まなければいけません。しかし宇宙船に積み込める荷物の量は限られています。

そこでチームは、発想の転換として生物でシールドを作る方法を探すことにしました。

少量の生物シールドを宇宙に持っていき、宇宙空間で十分に成長させるのです。

もし「宇宙空間で成長していく放射線シールド」が可能になれば、これは宇宙開発の大きな革新となるはずです。

そして最近、研究チームはある種の真菌にその可能性を見出しました。

放射線を遮断し、エネルギーにして成長する真菌

放射線で成長するクロカビが「生きたシールド」として宇宙飛行士を守る
(画像=放射線で成長する真菌「Cladosporium sphaerospermum」 / Credit:Medmyco(Wikipedia)_Cladosporium sphaerospermum、『ナゾロジー』より引用)

調査対象となったのは、Cladosporium sphaerospermumという名の真菌です。

これはクラドスポリウム(学名:Cladosporium)と呼ばれる真菌の一種とのこと。

クラドスポリウム自体は、私たちの身近に見られるごく普通のカビであり、クロカビと呼ばれています。

Cladosporium sphaerospermumの存在も昔から知られていましたが、最近になって放射線を防ぐ性質があると判明しました。

しかもこの菌は放射線を遮断するだけでなく、放射線を利用して成長できます。

植物が光合成によって太陽光からエネルギーを得るのと同じように、放射線からエネルギーを得ているのです。

そのためCladosporium sphaerospermumは、チェルノブイリ原子力発電所跡地のように放射線が充満している場所でも生存しています。

そして2019年、研究チームはこの真菌をISSに持っていき、シールドとしての役割を調査しました。

その結果、厚さ1.7mmの菌の膜の下の放射線量は、周囲よりも約2.17%低いと判明。

しかもISSに持ってきた真菌は、地球上よりも約21%早く成長しました。

Cladosporium sphaerospermumは放射線量が多い環境ほど早く増殖し、それにともなって厚みが増し、シールド性能もアップするのです。

これは地球から遠く離れてミッションをこなす宇宙飛行士にはぴったりな性能だと言えます。

真菌の放射線シールドの実用化は遠い

放射線で成長するクロカビが「生きたシールド」として宇宙飛行士を守る
(画像=宇宙飛行士を守る真菌シールドの実用化は遠い / Credit:Depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

Cladosporium sphaerospermumはその性能から、宇宙飛行士を放射線から保護するシールドとして役立つと考えられます。

しかし現段階では、実用化は遠いと言わざるを得ません。

なぜならチームの計算によると、火星の放射線レベルを地球並みに下げるには、居住地を厚さ2.3mの真菌で覆う必要があるからです。

ちなみに、火星の土壌「レゴリス」の地下3mで生活すれば、同様の放射線レベルを達成できるとのこと。

こちらの方がまだ現実的かもしれません。

しかし「放射線で成長してシールドになる真菌」の性質は貴重であり、将来的に利用できる可能性はあります。

もしからしたら遠い将来、「真菌で作られた宇宙服」や「放射線を遮断するカバー」などが作られているかもしれませんね。


参考文献

Could a Radiation Shield Made of Fungus Keep Astronauts Safe During Space Travel?

元論文

A Self-Replicating Radiation-Shield for Human Deep-Space Exploration: Radiotrophic Fungi can Attenuate Ionizing Radiation aboard the International Space Station


提供元・ナゾロジー

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