事故後の車椅子生活が過去のものになるかもしれません。

米国ノースウェスタン大学で行われた研究によれば、脊椎を損傷して後ろ足が動かなくなったマウスに新開発の「振動する超分子薬」を注射したところ、再び歩けるようになった、とのこと。

脊椎の再生技術が実現すれば、多くの人々が再び自分の脚であるけるようになるでしょう。

しかし新開発の「超分子薬」とは、いったいどんなものなのでしょうか?

研究内容の詳細は11月11日に『Science』に掲載されています。

目次

  1. 脊椎を損傷したマウスを再び歩かせることに成功!
  2. 振動する超分子薬で神経細胞にショックを与えて再生させる
  3. 人間も注射1本で脊椎損傷を回復できるかもしれない

脊椎を損傷したマウスを再び歩かせることに成功!

振動する超分子薬で脊椎を損傷したマウスを再び歩かせることに成功!
(画像=脊椎を損傷したマウスを再び歩かせることに成功! / Credit:Z. ÁLVAREZ et al . Bioactive scaffolds with enhanced supramolecular motion promote recovery from spinal cord injury . Science (2021)、『ナゾロジー』より引用)

今世紀に入って、人類の医学は急速に進歩しました。

しかし人類の医学は「切り取ること」や「補修すること」は得意でも「再生」は苦手でした。

特に脊椎損傷による永続的な麻痺となると現状、ほとんど打つ手がありません。

傷ついた神経を針と糸で縫い合わせて見た目の上で綺麗にすることは可能ですが、肝心の損傷部位がまともに再接続(再生)してくれないからです。

そのため現在、神経細胞を増やす幹細胞治療や、神経の再生をうながすタンパク質を体に生産させるようにする遺伝子治療や、人工タンパク質そのものを損傷部位に注射する方法など、さまざまな実験的治療法が試みられています。

しかし幹細胞治療や遺伝子治療は非常に高額であり、人工のタンパク質を注射する方法も、タンパク質自体が数時間で分解されてしまうために、効果は限られていました。

そこで今回、ノースウェスタン大学の研究者たちは細胞でも遺伝子でもタンパク質でもない、ナノファイバーを注射する方法を開発しました。

ナノファイバーの太さは髪の毛の1万分の1であり、神経の再生をうながす複数のタンパク質の断片(ペプチド)が埋め込まれています。

またナノファイバーが集まってゲル状になることで、細胞外マトリックスと呼ばれる細胞を支える細胞外環境を模倣することが可能になります。

準備が整うと、研究者たちは72匹のマウスに対して脊椎の神経を損傷する手術を行いました。

手術によってマウスは後ろ足が動かなくなり、移動するには前脚で這うようにして動く必要がありました。

次に研究者たちは手術から24時間後、ナノファイバーを損傷部位に1度だけ注射しました。

すると4週間が経過した時点で大きな変化が起きていました。

ただの食塩水を注射されたマウスは未だに後ろ脚を動かすことができませんでしたが、ナノファイバーを注射されたマウスは上の動画のように、再び後ろ足を動かして歩くことができるようになっていました。

問題は、マウスの体の中で何が起きたかです。

後ろ脚が再び動くようになったことから、脊椎の神経が再生したことが予想されますが、詳しく調べるためには解剖が必要になります。

振動する超分子薬で神経細胞にショックを与えて再生させる

振動する超分子薬で脊椎を損傷したマウスを再び歩かせることに成功!
(画像=振動する超分子薬で神経細胞にポケモンショックを与えて再生させる / Credit:Z. ÁLVAREZ et al . Bioactive scaffolds with enhanced supramolecular motion promote recovery from spinal cord injury . Science (2021)、『ナゾロジー』より引用)

マウスの体の中でいったい何が起きていたのか?

研究者たちはさっそく、回復したマウスを解剖し、神経に起きた変化を調べました。

結果、いくつかの興味深い事実が判明します。

最も大きな変化は、ニューロンの軸索(細い部分)が伸びて再生する一方で、再生に対して物理的な障害として機能するが大幅に減少していた点にありました。

電化製品と同じく動物の手足もニューロンによる回路がつながっていないと、電気が伝わらずに機能しません。

他にも電気信号の伝達や軸索の支持に重要な絶縁層(ミエリン)が軸索の周りに形成され、神経に栄養を供給する血管系も復活しており、より多くのニューロンが生き残ることができるようになっていました。

結果は非常に良好であり、人間への応用も期待できます。

そうなると気になるのが、ナノファイバーがどうやって神経を再生させたかです。

ナノファイバーには神経の再生をうながす機能のある、複数のタンパク質の断片が埋め込まれていますが、実は断片をナノファイバーに含めるだけでは再生機能はなかったのです。

鍵となったのは、埋め込んだタンパク質断片の振動でした。

ナノファイバーには含まれるタンパク質の断片は2つの信号を発するように作られています。

1つ目は軸索を伸ばすために邪魔になる傷跡を軽減する信号、2つ目はニューロンの軸索に栄養を供給するための血管の再生をうながす信号です。

また本体となるナノファイバーは激しい分子振動をするように設計されていました。

そのためナノファイバーの周囲にある神経細胞は再生の助けになる2つの信号を高速で入力されることになります。

極論すれば、ナノファイバーは、神経細胞に対して素早い信号の明滅を繰り返すことで細胞を混乱させ、本来ならば起こらない神経再生を可能にしていたのです。

実際、研究者たちが分子振動が弱いナノファイバーでも同じ実験を行いましたが、マウスに十分な再生力を与えることができませんでした。

人間も注射1本で脊椎損傷を回復できるかもしれない

振動する超分子薬で脊椎を損傷したマウスを再び歩かせることに成功!
(画像=人間も注射1本で脊椎損傷を回復できるかもしれない / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究で、高速振動するナノファイバーを用いて脊椎損傷を再生できることが示されました。

ナノファイバーが振動することで2種類の信号分子が周囲の細胞にショックを与え、周囲の細胞の再生する力を引き出していたのです。

現在の薬剤の多くは単一の成分で構成されていますが、新たに開発されたナノファイバーは多くの分子の集合体でできており、そのような薬は現在「超分子薬」と呼ばれるようになっており、次世代の薬剤のスタンダードになる可能性があります。

研究者たちは現在、人間により近い霊長類での実験をパスして、人間での試験をはじめられるようにFDA(アメリカ食品医薬品局)に働きかけを行っています。

もし人間でもマウスと同じような効果がある場合、事故や怪我で脊椎が損傷しても、注射1本で回復できるようになるかもしれません。

また脊椎の神経と同じく中枢神経である脳の損傷に対しても効果がある場合、脳卒中やパーキンソン病、アルツハイマー病などの患者の脳細胞再生薬として使えるかもしれません。

複数の成分を組み合わせた「超分子薬」の可能性はmRNA療法と一緒に未来の医学を支える存在になるでしょう。


参考文献

‘Dancing molecules’ successfully repair severe spinal cord injuries

In Astonishing Feat, a New Drug Reversed Paralysis in Mice With Spinal Cord Injury

元論文

Bioactive scaffolds with enhanced supramolecular motion promote recovery from spinal cord injury


提供元・ナゾロジー

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