2018年、火星探査機「マーズ・エクスプレス」は火星南極を覆う氷冠の下に明るいレーダーの反射を確認しました。

これは分析の結果、液体の水であるとわかり、火星の地下には液体の湖がいくつも存在すると発表されました。

しかし、先月発表された研究は、その分析結果に疑問を投げかけています。

カナダのヨーク大学などの研究チームは、データを詳しく調査した結果、レーダー信号は水ではなく粘土に反射された可能性が高いと報告しています。

残念ながら微生物の住処となりうる地下の湖は、存在していない可能性が高そうです。

研究の詳細は、科学雑誌『GeophysicalResearchLetters』にて7月29日に発表されています。

目次

  1. 火星南極の氷底湖
  2. 液体の水と同じレーダー反射を示すもの

火星南極の氷底湖

火星の地下にあると予想された「液体の湖」は、凍った粘土だったという研究
(画像=NASAのマーズ・リコネッサンス・オービターが撮影した火星南極の氷床 / Credits: NASA/JPL-Caltech/University of Arizona/JHU、『ナゾロジー』より引用)

火星に液体の状態を保った水は存在するのか?

これは地球外で初めて生命を見つけ出せる可能性のある場所として、非常に注目されているテーマです。

しかし、火星表面は乾いた荒野で、極地は二酸化炭素などが凍りついたドライアイスの氷冠で覆われていて、液体の水は見当たりません。

こうした中、2018年に欧州宇宙機関 (ESA)の火星探査機「マーズ・エクスプレス」が、軌道上からのレーダー調査で発見したのが、火星地下の明るいレーダー反射でした。

レーダー信号は、岩や氷を貫通し、さまざまな材料にぶつかることで変化した信号を反射してきます。

分析の結果、その明るい反射は液体の水であると発表され、火星南極を覆う氷冠の地下約1.6kmあたりには氷底湖があると考えられるようになりました。

これはさほど無理のある理論ではなく、地下水や地底湖は地球の至るところで見つかる上、凍りついた極寒の表面化でも液体のまま保存された水が見つかることがあります。

地球上でも南極の氷床下で液体の湖「ボストーク湖」が発見されています。

火星の地下にあると予想された「液体の湖」は、凍った粘土だったという研究
(画像=地球で最大の氷底湖。ボストーク湖の断面模式図。 / Credit: Nicolle Rager-Fuller / NSF、『ナゾロジー』より引用)

火星の氷の下で液体の水が保たれている理由については、氷の圧力で融点が上昇したことや、地熱の影響、また湖の塩分濃度が非常に高いためだと説明されていました。

しかし、こうした研究が示したのはレーダー反射のデータでしかなく、液体の水があるという確かな証拠はありませんでした。

さらに、マーズ・エクスプレスのその後の調査では、この液体の水を示す明るいレーダー反射が、南極の非常に表面に近い極寒の位置からも見つかっているのです。

気候観測のデータと比較すると、その位置で水が液体の状態を保つことは不可能であり、一般的な観測情報と結果が矛盾しています。

火星の地下にあると予想された「液体の湖」は、凍った粘土だったという研究
(画像=色のついた点は、火星南極冠で発見された明るいレーダー反射の場所。中には非常に地表に近いポイントもある。 / Credits: ESA/NASA/JPL-Caltech、『ナゾロジー』より引用)

そのため、このレーダー反射は液体の水以外の、何か別のものの反応を勘違いしてるのではないかと、今回の研究者たちは考えたのです。

液体の水と同じレーダー反射を示すもの

最近、科学雑誌『Geophysical Research Letters』に発表された別の論文では、火星で一般的に見られる塩である「過塩素酸塩」と混合したとしても、水が液体を保つには寒すぎる表面領域で、レーダーの明るい反射が見つかっていると報告しています。

そこで、水と見間違えるような明るいレーダー反射の正体を探ろうという研究が進められていったのです。

アリゾナ州立大学 (ASU) の研究では「粘土、金属含有鉱物、塩水氷」など、似た信号を反射する可能性のあるいくつかの材料が理論的に示されていました。

しかし、今回の研究を発表したヨーク大学のアイザック・スミス氏は、これがスメクタイト(smectite)と呼ばれる火星の至るところで見つかる粘土鉱物ではなかと考え、調査を行ったのです。

スメクタイトは水を含んで膨らむ粘土で、普通の岩のように見えますが、火星ではずっと以前に液体の水を取り込んで形成されています。

スミス氏は、それがレーダー信号とどのように相互作用するか比較する実験装置を作り、いくつかのスメクタイトのサンプルを入れて実験してみました。

また、これを液体窒素に浸してマイナス50℃で凍結してみました。これは火星南極に近い温度です。

火星の地下にあると予想された「液体の湖」は、凍った粘土だったという研究
(画像=凍結したスメクタイトのレーダー反射をテストするアイザック・スミス氏 / Credit:York University/Craig Rezza、『ナゾロジー』より引用)

「実験当時カナダは冬だったので、液体窒素を使った研究室は恐ろしく寒かったです。かなり不快でした」

実験の様子をそう語るスミス氏。公開された写真でも、コロナ対策のマスクに各種防寒具でゴワゴワの状態になっています。

そんな苦労の末、彼はマーズ・エクスプレスのレーダー観測とほぼ完全に一致するサンプルを見つけ出すことに成功したのです。

それは凍ったスメクタイトでレーダーが反射したときの信号で、液体の水のような異常な量の塩や熱は必要とせず、観測されている火星の環境下で自然と存在することのできる物質です。

そして、それは実際火星の南極に豊富に存在していることが確認されています。

火星の地下にあると予想された「液体の湖」は、凍った粘土だったという研究
(画像=火星の南極氷冠の下は粘土の地盤となっていて、明るいレーダー反射はこの粘土鉱物によるものだった可能性が高い / Credit:ESA/DRL/FU Berlin (top), NASA (bottom).、『ナゾロジー』より引用)

液体の水が存在していないという結果は非常に残念なものですが、これは火星の地下に液体の水があるという主張より、理論的でもっともらしい説明を提供しています。

スミス氏は最後に次のようなことを語っています。

「惑星科学において、私たちは少しずつ真実に近づいていきます。

過去の研究はレーダー反射の正体が液体の水であることを証明していませんが、今回の論文もスメクタイトであることを証明したわけではありません。

しかし、私たちはすべての人が納得する結果を見つけ出すために、できる限り可能性を絞り込もうと努力しているのです」


参考文献

Clays, Not Water, Are Likely Source of Mars ‘Lakes’(NASA)

元論文

A Solid Interpretation of Bright Radar Reflectors Under the Mars South Polar Ice


提供元・ナゾロジー

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