魚類や爬虫類、両生類には、傷ついた体の再生能力を持つものがいます。

その一方で、ヒトを含む哺乳類は、残念ながら、失われた部位の再生を得意とはしていません。

しかしこのほど、ワシントン大学(University of Washington・米)の研究チームは、「トゲマウス」というげっ歯類に、腎臓組織を再生する力があることを発見しました。

人為的にダメージを与えた腎臓の構造および機能が再生しただけでなく、腎不全の原因ともなる傷跡も残らなかったとのこと。

こうした臓器の再生能力が哺乳類に見つかるのは初であり、人体の再生医療にも役立つと考えられています。

研究は、11月3日付けで学術誌『iScience』に掲載されました。

目次

  1. 損傷から2週間で、腎臓が完全再生
  2. 「心臓」の再生にも適用できる?

損傷から2週間で、腎臓が完全再生

トゲマウス(Spiny mouse)とは、ネズミ科トゲマウス属の総称で、アフリカと西アジアの砂漠や荒地に生息しています。

その名の通り、背中の毛の一部が短く硬いトゲになっていることが特徴です。

注意したいのは、これを「トゲネズミ」と訳すと、日本の南西諸島に住む絶滅危惧種の別のネズミとなってしまいます。

トゲマウスは、天敵から逃げるために皮膚を脱ぎ捨てるという特殊な防御手段を持っているので、再生能力を研究する専門家にとっては以前から重要な生物となっていました。

先行研究(Nature, 2012)ではすでに、トゲマウスは、血管系や毛包などの組織を傷跡を残さずに再生できることが明らかになっています。

今回の研究では、トゲマウスが、内臓でも同じように再生できるかを調査しました。

トゲマウスに哺乳類で初となる「腎臓再生」の能力を発見
(画像=カイロトゲマウス(学名:Acomys dimidiatus) / Credit: ja.wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

研究チームは、トゲマウスとハツカネズミを対象に、腎臓が損傷したときの反応を比較しています。

そのため、両者の腎臓組織を直接的に損傷させて、臓器の構造と機能が元に戻るかを観察しました。

結果、ハツカネズミでは、重度の腎臓障害を引き起こし、組織が再生・修復されることなく、致命的な傷跡(線維化)が見られています。

この傷跡は、人の臓器でも同じですが、時間の経過とともに蓄積して、腎不全の発症原因となります。

その一方で、トゲマウスでは、最初に腎臓障害が見られたものの、損傷から2週間以内に、腎臓の構造および機能が完全に再生したのです。

さらに、腎不全の原因ともなる線維化の進行も見られず、傷跡が一切残りませんでした。

そこでチームは、トゲマウスが再生過程で発現する遺伝子を、再生能力をもたない通常のマウスの遺伝子と比較。

すると、6つのクラスターに属する843個の遺伝子に違いが見られました。

再生の詳しいメカニズムは分かっていませんが、ここで何らかの「マジック」が起きていると考えられます。

「心臓」の再生にも適用できる?

研究主任で、再生医療を専門とするマーク・マジェスキー(Mark Majesky)氏は、次のように説明します。

「遺伝子発現の違いを見ると、トゲマウスは、臓器の損傷時に、再生性の治癒反応を開始する準備ができているように見えました。

反対に、ハツカネズミでは、広範な臓器の線維化(=傷跡の蓄積)、臓器機能の喪失につながる炎症反応が起こっています。

トゲマウスの正確な再生メカニズムを明らかにするには、さらなる研究が必要です。

しかし、これを解明することで、将来的に、人体の再生医療に応用できると考えています」

再生の秘密が明らかになれば、心臓のような他の器官にも適用できる可能性があります。

トゲマウスに哺乳類で初となる「腎臓再生」の能力を発見
(画像=再生のメカニズムが分かれば、心臓にも応用できるかも / Credit: jp.depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

本研究には参加していない、ワイツマン科学研究所(Weizmann Institute of Science・イスラエル)の分子生物学者、レイチェル・サリグ(Rachel Sarig)氏は、自身の見解についてこう述べています。

「哺乳類の再生の真相の解明は、重度のケガや病気にともなう臓器損傷の新たな治療法を開発する上でとても重要です。

10年前、専門家らが心臓再生の研究に乗り出したとき、それはSFのようなもので、実現は不可能に思えました。

しかし、哺乳類の心臓修復を誘導するためのいくつかの因子、いくつかの戦略が見つかりました。

今ではそれが可能であると確信しています。

あとは、分子レベルで何が起こっているかを理解するため、再生の要因となっている遺伝子の働きを明らかにするべきでしょう」

現在、世界中に腎不全をわずらう患者がおり、アメリカだけでも60万人以上に達しています。

この問題を解決するカギは、トゲマウスが握っているのかもしれません。


参考文献

These adorable mice can regenerate their kidneys without scarring

Spiny Mice Appear to Regenerate Damaged Kidneys

元論文

Spiny mice activate unique transcriptional programs after severe kidney injury regenerating organ function without fibrosis


提供元・ナゾロジー

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