記憶だけで体内で炎症が発生するようです。

イスラエル工科大学で行われた研究によって、脳には病気を記憶する回路があり、刺激するだけで病気と同じ部位に炎症が発生することが示されました。

免疫記憶といえば免疫細胞の仕事とばかり思われていましたが、脳も病気を記憶していたようです。

今回の研究によって、慢性炎症はもとより過敏性腸症候群、自己免疫疾患やアレルギー、さらには学校にいきたくなくて頭やお腹が痛くなる子供まで、心を原因にしたあらゆる症状の解明が進むと考えられます。

しかし、脳のどこに過去の病気の記憶が蓄えられているのでしょうか?

研究内容の詳細は11月8日に『Cell』で公開されています。

目次

  1. 記憶だけで内臓に炎症が発生すると判明! 病は気からの原理解明か
  2. 脳は病気を記憶して備えている

記憶だけで内臓に炎症が発生すると判明! 病は気からの原理解明か

「病気の記憶」だけで炎症が再発すると明らかに 病は気からを研究
(画像=記憶だけで内臓に炎症が発生すると判明! 病は気からの原理解明か / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

うつ病などの精神病とは関係なしに、好ましくない環境や嫌な記憶を思い出すだけで、人は頭痛が起こり、胃や腸の調子もおかしくなってきます。

そのような状態に対して、かつては仮病(けびょう)と切り捨てられてられるか「病は気から」と雑な励ましを与えられるだけでした。

しかしイスラエル工科大学で行われたマウスを用いた研究によって、記憶だけで本当に、内臓に深刻な炎症を起こることが判明します。

研究はまず、マウスに薬を飲ませて大腸炎や腹膜炎を起こさせ、脳の反応を調べることからはじめました。

もし脳が免疫にかかわっているなら、体の炎症によって脳の活動パターンになんらかの変化があると考えたからです。

結果、マウスの島皮質と呼ばれる脳領域で、炎症が起きた部位(腸と腹膜)ごとに異なる細胞群が活発化していることが判明します。

そこで研究者たちは、マウスが炎症から回復した後に、発見した細胞群を別々に化学薬品を用いて活性化してみました。

その結果は衝撃的でした。

大腸炎を起こしていた時に活発化していた脳細胞を刺激すると、それだけでマウスは再び大腸炎になってしまったのです。

また腹膜炎を起こしていた時に活発化していた脳細胞を刺激した場合でも、マウスはまた腹膜炎を再発したのです。

この結果は、脳には体の部位ごとに病気(炎症)を記憶する「病気記憶回路」が存在しており、対応する回路を刺激することによって、同じ部位に同じ病気を起こせることを示します。

炎症は免疫細胞を呼び寄せて病原体を殺すために必要な防護反応ですが、炎症が起きると、その場所は痛みや熱を発し、病として認識されるようになります。

また研究者たちは、病気を記憶した回路が特定のストレスと結びつき、一緒に刺激されることがありえると考えています。

そのため、特定のストレスを感じると連動した病気記憶回路が活性化し、ある人は内臓に炎症を起こしてお腹を痛くなり、また別の人では頭痛を感じさせたりするのだと結論しました。

また脳が免疫系を支配しているのならば、自己免疫疾患や関節炎、アレルギーなどの原因も、ある程度は脳にあると言えます。

問題は、なぜ直接病原体を攻撃する手段がない脳に、病気になった場所が記憶されており、しかも脳だけで再現する能力があるかです。

脳は病気を記憶して備えている

「病気の記憶」だけで炎症が再発すると明らかに 病は気からを研究
(画像=ストレスによって脳の病気記憶回路が活性化し内臓に炎症を引き起こしている / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

なぜ脳は病気を記憶し、どうやって再現するのか?

謎を確かめるため、研究者たちはマウスの病気を記憶している回路がどこと接続しているかを調べました。

すると、病気記憶回路が自律神経を調節する部位(DML・RVLM)に接続されていると判明します。

この結果は、特定の病気記憶回路の活性化が自律神経をとおして、関連する体の部位に炎症を起こす「1人相撲現象」を起こしていたことを示します。

しかし仕組みはわかっても、そもそもなぜ脳が病気を記憶するように進化したのでしょうか?

研究者たちは、脳は病気を記憶することで、似たような状況になったときに、先行して免疫を活性化させることで、生存に有利に働いたと考えました。

腐っている可能性のある食べ物、傷口から感染する恐れがある危険な状況など、生存を脅かす状況を脳が検知して、免疫を先行して活性化させ炎症を起こしておけば、生存確率はあがります。

小さな哺乳類からサルをへて長い進化の末に人間となった私たちにも、同様の仕組みが備わっていても不思議ではありません。

しかし、炎症の先取は不発すると、痛みや不調をともなった炎症だけを起こす「免疫の1人相撲」となってしまいます。

学校や職場、人間関係などがトリガーとなった場合、逃げることができずに「免疫の1人相撲」に端を発した炎症が慢性化し、大きな苦痛となる可能性があります。

また、うつ病や精神病に対して高い耐性がある人でも、脳が自動的に行う「免疫の1人相撲」が防げず、精神よりも先に胃潰瘍や過敏性腸症候群を起こして体調を崩すこともあり得ます。

さらにトリガーとなる脳の病気記憶回路が、激しい「免疫の1人相撲」を起こしてしまう場合、免疫細胞が土俵(自分の体)を敵と認識してしまい、自己免疫疾患を引き起こしてしまう場合も考えられます。

研究者たちは今後、トリガーとなる脳の病気記憶回路を遮断したり、「免疫の1人相撲」を防ぐ方法を解明することで、心と体の接続によって起こるあらゆる病気に対して、有効な治療薬が開発可能になると述べています。

今度「病は気から」と思われる症状が起きた時は、本格的な炎症を起こす前に、無理をせずに体をいたわったほうがいいかもしれません。

参考文献
Exploring Psychosomatic Inflammation: How Perception and Memory Can Influence Illness
元論文
Insular cortex neurons encode and retrieve specific immune responses

提供元・ナゾロジー

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