うつ病にはスイッチがあるようです。

米国エモリー大学で行われた研究によれば、うつ病の発生源となっている回路に電極を刺し込んで1時間ほど刺激するだけで、薬の効果が無かった患者たちの症状が回復した、とのこと。

薬を用いたうつ病の治療は通常、数か月を要するものなのに、わずか1時間の電気刺激で回復がみられたという結果は非常に驚きです。

研究内容の詳細は11月3日に『Translational Psychiatry』で公開されています。

目次

  1. 脳に電極を刺し「うつ病スイッチ」を刺激する治療法が第二相に進出!
  2. 電気刺激はβ波を抑えてネガディブな思考回路を遮断した
  3. 臨床試験は第二相がはじまりつつある

脳に電極を刺し「うつ病スイッチ」を刺激する治療法が第二相に進出!

脳に電極を刺し「うつ病スイッチ」を刺激する臨床試験が開始される
(画像=脳は巨大な電気回路であるため、不調も電気を流せば治るかもしれない / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

無数のニューロンによって構成される脳は、巨大な電気回路です。

この巨大な電気回路は、理性や知性、感情をうみだし、私たちの意識や自我の根源となっていまが、時に回路は不全を起こし、うつ病などの症状となって現れます。

これまで、うつ病の治療は主に薬物を用いて、ニューロン同士の接合部分(シナプス)を改善する方法が用いられてきました。

ですが残念なことに、うつ病患者の30%ほどは、既存の薬物では治療効果を得ることができません。

そこで近年になって、うつ病の発生源となる回路に電極を刺し込んで、電流を流す治療(脳深部刺激療法)が行われるようになってきました。

脳深部刺激療法は高周波の電気パルスを発することで脳細胞の活動を抑制することが可能であり、いくつかの例において、難治性の重度のうつ病に対して画期的な改善効果をもたらしています。

そこで今回、エモリ―大学の研究者たちは脳の深部にある梁下野(SCC)をターゲットにした脳深部刺激療法を行うことにしました。

梁下野(SCC)は、うつ病と深くかかわっていることが示されている脳領域です。

研究者たちは、被験者ごとに脳の詳細な3Dイメージを作成し、4本の電極を梁下野(SCC)の最適な場所に刺し込み、1時間の電気刺激(周波数130Hz電流6mA)をするとともに脳の反応を記録しました。

結果、1週間が経過した時点で被験者の45.6%において、うつ病の症状が改善したと判明。

既存の薬物を用いたうつ病治療は通常、治療効果が表れるまで数か月を要することが多いですが、研究ではわずか1時間の刺激で効果があることが示されました。

そのため研究者たちは梁下野(SCC)はある種の「うつ病スイッチ」のような存在であると述べています(OFFにするとうつも消えるから)。

しかしより興味深い結果は、電気刺激中の脳の反応にありました。

電気刺激はβ波を抑えてネガディブな思考回路を遮断した

脳に電極を刺し「うつ病スイッチ」を刺激する臨床試験が開始される
(画像=電気刺激はβ波を抑えてネガディブな思考回路を遮断した / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

電気刺激によって脳はどんな反応を起こしたのか?

研究者たちが電気刺激を受けている脳が示した反応を分析したところ、電気刺激を与えた部位で、数分のうちに、脳のβ波が弱くなっていたことが判明します。

また1週間後の精神状態も、β波が弱くなっていた人ほど、うつ病が良くなっていたことが示されました。

β波は通常、特定の行動を続けるか停止するかを脳が判断するときに発せられることが知られています。

そのため研究者たちは、電気刺激がうつ病の原因となる常習化したネガディブな思考回路の反復を抑え込んだのだと考えました。

特定の脳機能を遮断して精神的な効果を得ようとする手法は古くはロボトミー手術などで行われてきました。

ロボトミー手術の場合、脳の一部をその他の部位から切り離してしまうため取り返しがつかない結果となりますが、脳深部刺激療法の場合、損傷部位は電極が刺し込まれる部分だけであり、影響を最小限に抑えることが可能です。

臨床試験は第二相がはじまりつつある

脳に電極を刺し「うつ病スイッチ」を刺激する臨床試験が開始される
(画像=臨床試験は第二相がはじまりつつある / Credit:Canva、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により脳深部刺激療法が、うつ病治療に効果的であることが示されました。

研究は既に臨床試験に進んでおり、既に安全性の検証を行う第一層が終了し、現在は本格的な効果を確認するための第二相の参加者を募集しています。

また今回の研究では、脳深部刺激療法の効果を予測する「β波の弱まり」というバイオマーカー(生物学的しるし)が発見されました。

発見は人間の目に加えてAIが活用され、人間の見逃していた変化を捕えることができました。

医療分野でのAIの活躍は目覚ましく、今後多くの分野でAIは医療診断のベースになっていくでしょう。

新たなバイオマーカーとAIの活用により、脳深部刺激療法が標準化され、より多くの人々をうつ病から救えるようになるかもしれません。


参考文献

Stimulation of brain’s “depression switch” offers rapid, sustained relief

Biomarker Identified for Early Antidepressant Effects of Deep Brain Stimulation

元論文

Intraoperative neural signals predict rapid antidepressant effects of deep brain stimulation


提供元・ナゾロジー

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