がん細胞だけを殺すRNAができるかもしれません。

ハーバード大学とMIT(マサチューセッツ工科大学)で行われた研究によれば、狙った細胞に好きなタンパク質を生産させる特殊なRNA(eToehold)を開発した、とのこと。

がん細胞やウイルスに感染した細胞など特定の細胞に対して、毒となるタンパク質を生産させることができれば、がん治療や感染治療に革命が起こる可能性があります。

しかし、1本鎖の核酸に過ぎないRNAに、どうやって狙った細胞を認識させることができたのでしょうか?

研究内容の詳細は10月28日に『Nature Biotechnology』にて公開されました。

目次

  1. 「毒入りRNA」で細胞を殺す
  2. 狙った細胞に狙ったタンパク質を作らせる複合RNA
  3. 「狙う細胞」と「生産させたいタンパク質」は自由に選べる

「毒入りRNA」で細胞を殺す

狙った細胞に「自分を殺す毒」を作らせるRNA技術が登場
(画像=Credit:Canva、『ナゾロジー』より 引用)

現在の医学はRNA技術による変革期を迎えています。

RNAは生命の設計図であるDNAの部分的な写しであり、タンパク質を作るための直接的な鋳型となります。

そのためウイルスのRNAを人体に入れれば、ウイルスのタンパク質が作られ、免疫の学習材料にできるのです。

また細胞を殺す毒タンパク質の配列をRNAに組み込めば、RNAを取り込んだ細胞は内部で、自分を殺す毒を作らされる羽目になります。

内部で作られる毒は外部から注がれる同じ毒よりも効果的であり、がん細胞のような生命力の強い細胞も殺す(自壊させる)ことが可能です。

ただ既存の「毒入りRNA(毒タンパクの配列が含まれるRNA)」は残念なことに、細胞の違いを認識することができませんでした。

そのため、ひとたび毒入りRNAが注がれると、正常な細胞も、がん細胞も、ウイルスに感染した細胞も区別なく、平等に抹殺されてしまいます。

そのため次善の策として、がんの腫瘍内部に毒入りRNAを直接注射するなどの方法が考案されましたが、血流に乗って拡散すれば、正常な細胞を殺してしまう可能性がありました。

毒入りRNAを狙った細胞のみで働かせるには、核酸の1本鎖に過ぎないRNAに、細胞ごとの特徴を何らかの方法で教え込まなくてはなりません。

今回、ハーバード大学とMITの研究者たちは、その方法を開発しました。

狙った細胞に狙ったタンパク質を作らせる複合RNA

狙った細胞に「自分を殺す毒」を作らせるRNA技術が登場
(画像=狙った細胞に狙ったタンパク質を作らせる複合RNA / Credit:Evan M. Zhao et al . RNA-responsive elements for eukaryotic translational control . Nature Biotechnology(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

RNAを狙った細胞だけに効果を与えるにはどうすればいいか?

ヒントはRNAが1本鎖である点にありました。

私たちの体の細胞は同じDNAを持っています。

しかし、皮膚や胃の細胞は異なるタンパク質を生産し、異なる機能を持っています。

その原因は、内部で働いているRNAに違いがあるからです。

大本の設計図であるDNAが同じでも、書き写されている部分設計図(RNA)が異なれば、異なるタンパク質が生産され、細胞の種類も別物になります。

そこで今回、ハーバード大学とMITの研究者たちはまず上の図のように、毒の代りに蛍光タンパク質の設計図を乗せたRNAを作成。

その前方部分に、mRNAを検知する(相補的に結合する)センサー配列と、タンパク質合成酵素(リボソーム)が付着するのを防ぐ防護配列を連結した複合RNA(eToeholds)を作成しました。

興味深いのはここからです。

狙った細胞に「自分を殺す毒」を作らせるRNA技術が登場
(画像=狙った細胞に狙ったタンパク質を作らせる複合RNA / redit:Evan M. Zhao et al . RNA-responsive elements for eukaryotic translational control . Nature Biotechnology(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

通常の細胞にこの複合RNAが存在しても、防護配列のせいでタンパク質合成酵素が付着できないので、何も起きず、時間がたてば複合RNAは分解されていきます。

しかし、特定のmRNAと複合RNAのセンサー部分が結合すると、防護配列が変形してタンパク質合成酵素の結合が可能になり、蛍光タンパク質(生産させたいタンパク質)の生産が可能になるのです。

なお、変形後の防護配列はウイルスが細胞のタンパク質合成酵素をハイジャックするときの配列(IRES)を反映するように設計されており、蛍光タンパク質は細胞内部で優先的に生産されます。

結果、研究者たちは適切なmRNAが存在する細胞において、蛍光タンパク質を発現させ、細胞を光らせることができました。

蛍光タンパク質の代りに毒タンパク質の配列や免疫細胞を刺激する(アポトーシスを開始させる)タンパク質の配列を入れていれば、がん細胞だけを選んで殺すこともできるでしょう。

「狙う細胞」と「生産させたいタンパク質」は自由に選べる

狙った細胞に「自分を殺す毒」を作らせるRNA技術が登場
(画像=「狙う細胞」と「生産させたいタンパク質」は自由に選べる / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により「狙った細胞」に「生産させたいタンパク質」を生産させる複合RNAの基礎システムを開発することに成功しました。

複合RNAの配列を変更することでトリガーとなるmRNAと「生産させたいタンパク質」は自在に変更可能です。

今回の研究では、ジカウイルスと新型コロナウイルスのmRNAに反応する複合RNAのテストが行われ、それぞれのウイルスに感染した細胞のみで蛍光タンパク質を作らせることにも成功しています。

重要なことは、複合RNAをDNAに変換することが可能という点があげられます。

RNAよりも遥かに安定して存在できるDNAの形で細胞に導入することができれば、狙った細胞で複合RNAを持続的に生産可能となります。

さらに「狙う細胞」に脳を含む各臓器の細胞、「生産させたいタンパク質」に幹細胞化を促す因子にした場合、事故や手術、アルツハイマー病などで失った細胞を増産させることが可能になり、再生医療の実現も可能になります。

一方で、汎用性の高い技術は悪用の恐れもあります。

「狙う細胞」に特定民族の生殖細胞を、「生産させたいタンパク質」に生殖細胞を殺す毒素を選び、感染力の強いウイルスの遺伝子に組み込むことで、原理的には、特定の民族のみを不妊化させる生物兵器が可能になるからです。

汎用的なRNA技術という大きな力を、人類は上手く使いこなせるのでしょうか?

参考文献
Engineers devise a way to selectively turn on RNA therapies in human cells
Creating a new toehold for RNA therapeutics, cell therapies, and diagnostics
元論文
RNA-responsive elements for eukaryotic translational control

提供元・ナゾロジー

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