私たちは、光を使って世界を見ています。

そのため、人間が光の速度に近づいて動いた場合、世界の見え方にはいろいろと奇妙なことが起こります。

光のドップラー効果で色彩が変化したり、空間や時間が歪んで見えるようになるのです。

ただ光は宇宙でもっとも速い存在のため、人間がそれを知覚できる状況は普通ありえません。

そこで、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)の研究チームは、こうした物理学者の思考実験の世界を実際体験するために、光の速度が低下する世界を表現したゲームを開発しました。

光の速度が低下していったとき、世界は一体どのように見えるのでしょうか?

目次

  1. 人間が光速に近づくと何が起きるのか?
  2. 光の速度を遅くする

人間が光速に近づくと何が起きるのか?

光は真空中を毎秒約30万キロメートルで移動します。

もしこの速度に近づいて人間が移動したとき、世界の見え方には明らかな異常が発生すると考えられます。

しかし、人間がこれまでに成功した最高速度は、光速の約0.0037%に過ぎません。

そこで物理学者たちは、思考実験によって人間が光速に近づいたとき、何が起きるかをさまざまに予想してきました。

アインシュタインの特殊相対性理論では、光速に近づくと時間の流れが遅くなり、物体の長さは実際よりも短くなるといいます。

「光の速度が低下する」ありえない世界を表現したゲームが開発される
(画像=光速に近づいて移動したときの変化 / Credit:canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

また、光のドップラー効果が目で見てもわかるレベルで色彩に変化を及ぼすようになります。

音のドップラー効果は、誰もが理科で聞いたことのある通り、近づいてくる救急車は音の波長が縮まることで高い音に聞こえ、通り過ぎて離れていくときは音の波長が伸びて低い音に聞こえるというものです。

光も音と同様に波としての性質を持ち、波長によって私たちに見える色というものが決定されています。

つまり音が低くなったり高くなったりするように、光速に近い速度で人が移動すると、光の波長が目に見える形で縮んだり伸びたりするため、視界が青くなったり赤くなったりするわけです。

「光の速度が低下する」ありえない世界を表現したゲームが開発される
(画像=光のドップラー効果。近づく物体は青に、遠ざかる物体は赤に光の波長が近づいていく。 / Credit:Wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

しかし、これはなかなか常人にはイメージしにくい話です。

そうしてこうした問題は、人間が光速に近づく代わりに、光の速度が遅くなったと考えても同じことが起きるのです。

こちらの方が、いくぶんイメージは作りやすい感じもします。

そこで、スイス連邦工科大学チューリッヒ校のゲルト・クルトマイヤー(Gerd Kortemeyer)氏のチームは、この通常ではありえない特殊な状況を、ゲームの中の世界で表現しようと考えたのです。

光の速度を遅くする

「光の速度が低下する」ありえない世界を表現したゲームが開発される
(画像=研究者により作製されたゲームタイトル画面 / Credit:MIT Game Lab © 2021 Massachusetts Institute of Technology、『ナゾロジー』より引用)

クルトマイヤー氏がこのゲームを作ったのは、MITの客員教授として勤務していたときでした。

このとき彼は、MITゲームラボの仲間と共に、日常の世界で見てわかるほど光の速度が遅くなった場合を、特殊相対性理論に基づいて再現したゲームを作ってみたのです。

そのゲームは2012年に「A Slower Speed of Light」というタイトルで公開されました。

このゲームでは、ビーチボールのような球体が100個マップ上に落ちていて、これを拾うたびに光の速度が遅くなっていきます。

「光の速度が低下する」ありえない世界を表現したゲームが開発される
(画像=「A Slower Speed of Light」のゲーム画面。ボールを拾っていくとこの世界では光の速度が遅くなっていく。 / Credit:A Slower Speed of Light Official Trailer — MIT Game Lab,teamspectrip、『ナゾロジー』より引用)

人間の運動速度が光速に近づく(あるいは光の速度が人間の運動速度に近づく)と、「相対論的ドップラー効果」というものが目に見えて現れます。

前項で説明したようにこれは視界の色の変化を引き起こします。

「光の速度が低下する」ありえない世界を表現したゲームが開発される
(画像=光のスペクトル。波長がずれると見える色もそれに応じてズレてしまう。 / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

光のスペクトルはこのようになっています。

そして光の速度が遅くなると、見えている物体の色が移動によってこのスペクトルの中で一定方向へズレていってしまうのです。

具体的には近づいている方向の色は青色側にズレていきます。そして離れていく方向では色が赤色側へズレていきます。

このため見える世界の色がめちゃくちゃになったように感じるのです。

また自分の周りで流れる時間の流れも低下していきます。

ゲームの中ではこの時間の伸びを感じることは難しいですが、このゲームでは終了時に自分の持っていた時計が、停止した場所にあった時計より遅くなっていた事を示す画面が表示されます。

これによって特殊相対性理論の主張する時間拡張も、ゲームの中では再現されているのです。

「光の速度が低下する」ありえない世界を表現したゲームが開発される
(画像=どのくらい時間がズレていたかを示すゲーム終了画面。 / Credit:MIT Game Lab © 2021 Massachusetts Institute of Technology、『ナゾロジー』より引用)

また光速に近づいて動いた場合に起こるもう1つの効果が、物体の長さが歪むということです。

これは少し複雑な効果です。

移動速度と光の速度がほとんどおなじになった時、物体との間の距離によって自分に届く光の時間は大きくずれることになってしまいます。

これによって物体との距離によって、見え方が歪んでしまうのです。

たとえば、こちらに向かってくる自動車があったとしましょう。

もしこの自動車が光に近い速度で動いていた場合、前方(フロント)は現在の状態として見えますが、後方(リア)は遠くにあった過去の状態として見えます。

その結果が自動車が実際より長く伸びたような、歪んだ形に見えてしまうのです。

「光の速度が低下する」ありえない世界を表現したゲームが開発される
(画像=物体との距離によって光の届く時間が大きく変化してしまうため、物体の形が歪んで見えるようになる / Credit:A Slower Speed of Light Official Trailer — MIT Game Lab,teamspectrip、『ナゾロジー』より引用)

最後に、光の速度が移動速度と同じくらいになったとき起きる変化が、近づいてくる物体が明るく見えるということです。

これは雨の中を走っていることを想像するとわかりやすいでしょう。

前方は濡れやすいですが、後方はあまり濡れない状態になります。

これは雨粒の中を走ることで、前方に粒がいっぱい当たるためですが、光も波でありながら光子という粒子であるため、光源に向かって光速に近い速度で移動したとき、この現象が起きるのです。

これにより、近づく物体はより明るく見えます。これをサーチライト効果といいます。

光が粒子であるということもここから感じ取れるのです。

なんとも不思議な光の低下したゲームの世界。

このゲームは、MITゲームラボのサイト上(こちら)でダウンロードすることが可能です。


参考文献

A Slower Speed of Light

What would happen if the speed of light was much lower?


提供元・ナゾロジー

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